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伝統文化ー祭りと絆

「伝統文化―祭りと絆―」第一回

タイトルアイコン古代那須国の発展に重要な役割を担った渡来人

山あげ祭り

山あげ祭り

 1300年前から連綿と受け継がれてきた烏山の手漉き和紙の技術は、渡来人によって伝えられたと言われています。中国、朝鮮半島からの渡来人は和紙ばかりではなく、様々な文化、技術を古代那須国の人々に伝え、それによって都から遠く離れた那須の地が、目覚しい発展を遂げていったのです。

 古代那須国は、現在の那須町、大田原市、那珂川町、那須烏山市、茂木町という栃木県の北東部に広がる地域です。なぜ、この地方に渡来人が入って来たのでしょう。

 当時、那須地方のすぐ北側は、「蝦夷」であり、大和政権の支配に服さない地域でした。中央政権は、那須地方を開発し、ここを拠点に蝦夷を征伐することを考えたのです。そのために、先進的な知識や技術を持っていた渡来人を、那須地方に積極的に送り込んだのです。

 大和政権は、朝鮮半島の政治体制や文化を学び国家統治の体制を整えることを目指していました。農耕や建築技術、芸術文化など先進文化を取り入れるため、渡来人を受け入れ、各地に配置する政策をとりました。東国(関東)にも渡来人を招いたことが「続日本書記」に記されています。

 那須国に渡来人が住みつくようになったのは7世紀後半でした。中国からの渡来人は漢人(あやびと)と呼ばれ、仏教や政(まつりごと)を司ることに長けていました。一方、朝鮮半島からの渡来人は泰人(たいびと)と呼ばれ、いろいろな技術を持ち、ものづくりを得意としていました。

烏山和紙

烏山和紙

 この泰人が伝えた技術の中に、紙や絹織物、弓矢の矢の製造があったのです。当時、これらの品物は高価なもので一般庶民の手にはなかなか届きません。主に税の一種として大和政権に納められました。那須国は、紙の原料である楮(こうぞ)、絹織物の原料である蚕の餌になる桑、矢の原料である篠竹の産地として栄えました。

 那珂川町(旧馬頭町)は、「日本で最初に金が発見された場所で、採掘された金は奈良の大仏の建立のために使われた」との記録が残されていますが、採掘技術を伝えたのも渡来人だと言われています。

 古代那須国の発展に渡来人は重要な役割を担っていたことがわかりますが、意外にも、地元でもあまり知られていません。しかし、今でも渡来人の痕跡に触れることができます。

 大田原市(旧湯津上村)に残る日本三大古碑の一つとされる国宝・那須国造碑(西暦700年建立)に刻まれた碑文の書体は中国の六朝時代の書風であり、また碑文冒頭には「永昌」という唐の則天武后の時代に使用された年号が用いられています。これは中国からの渡来人である漢人の影響によるものと考えられています。

 また、那珂川町で現在も使われている「白久(しらく)」、「久那瀬(くなせ)」の地名は、その文字、発音から新羅の影響を受けたものと推察されています。

 こうして渡来人によって伝えられた烏山の和紙づくりは、官道・東山道の開通や、大海に直接つながる那珂川の水運の利を得て大いに栄えていきました。それがやがて、国の重要無形文化財である「山あげ祭り」の誕生につながっていきます。和紙の産地だからこそ生まれた祭りです。

 いま、地元では、450年の伝統を誇る山あげ祭りのユネスコ無形文化遺産登録への期待感が高まっています。(続く)

福田弘平
福田 弘平
  • 1937年 栃木県烏山町(現那須烏山市)紙造りの家に生まれる
  • 1959年 家業を継ぐ
  • 1965年 程村紙(ほどむらし)(烏山和紙を代表する紙)が、町の無形文化遺産になると同時に福長押絵(ふくちょうおしえ)を創設し家元となる
  • 1977年 程村紙が文化庁より「記録作成の措置を講ずべき無形文化遺産」に選択される
  • 1981年 ハワイ美術館より招かれ、日本を代表して7日間にわたり日本の和紙について講演と実演をする
  • 1982年 合名会社 福田製紙所 代表社員となる(〜2003年)
  • 1990年 ロスアンゼルスで開催されたジャパンエキスポ’90に参加和紙の実演を行う
  • 1996年 ハンガリー建国1100年記念日本文化祭に参加し、現地にて和紙押絵の製作実演をする
  • 1997年 日仏文化協会主催の交流会(パリ)に参加する
  •     ポルトガルでの日本文化祭に参加、和紙押絵の製作実演をする
  •     栃木県交流団の一員として姉妹県フランス・ボークリューズ県で紙漉きの実演をする
  • 1998年 栃木県交流団の一員として姉妹県アメリカ・インディアナ州で紙漉きの実演をする
  • 2000年 全国手すき和紙連合会会長に就任する(〜2004年)
  • 2002年 烏山町長に就任する(〜2005年)
  • 2004年 栃木県伝統工芸士に認定される(烏山手すき和紙)
  • 2008年 那須烏山市観光協会会長に就任する
  • 現在  烏山和紙会館 館長
  •     那須烏山市観光協会 会長
  •     全国地域文化資源学会 常任理事
  •     NPO法人 那珂川流域悠遊会 理事


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