ピックアップナイジェリアの太陽伝統と文化−下野手仕事会−精神科医のニア・ミス地域レポート美術館だより栃木のステキ遥かなる戦争と遠ざかる昭和おもしろ日本美術3アユルものがたり―那須のくにのおはなし―
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ビオス電子版スペシャル対談

ビオス電子版スペシャル対談

タイトルアイコン− 作家・立松和平と下野手仕事会【文学と伝統文化】−

福田富一 栃木県知事 × 藤田眞一 下野手仕事会会長

 栃木県出身の作家、立松和平が逝去されて約3年10カ月。行動的作家として多くの作品を私たちに残して旅立っていった。立松文学からは愛する故郷の大地、自然そして伝統文化への温かい想いが伝わってくる。それらを受け継ぎ、次世代に渡すものは何か! 故郷栃木県を代表する福田富一知事と藤田眞一下野手仕事会会長が「立松和平と伝統文化」を語る。

■「昭和・平成版の田中正造」立松和平氏の精神を受け継ぐ
福田知事と藤田氏の対談

福田知事と藤田氏の対談

福田富一 栃木県知事

福田富一 栃木県知事

藤田眞一 下野手仕事会会長

藤田眞一 下野手仕事会会長

「黄ぶな物語」

「黄ぶな物語」

「アユルものがたり―那須のくにのおはなし―」

「アユルものがたり―那須のくにのおはなし―」

「アユルものがたり―那須のくにのおはなし―」別冊福田弘平氏

「アユルものがたり―那須のくにのおはなし―」別冊

藤田 栃木県出身の作家、立松和平さんの文学や足尾の植樹などの活動に対する評価や印象などがありましたらお伺いしたいと思います。

知事 昭和、平成の時代を生き抜いた「昭和・平成版の田中正造」だと私は思います。愚直な人ですよね。住民生活とか地域の環境の保護、あるいは復元、育成のために身命を賭して取り組んだということが言えると思います。
 今年はちょうど、田中正造没後100年ですから、そういうときに改めて、立松和平さんを偲ぶというのは、何かの縁だなと思いました。
 私も足尾の植樹に行きました。最初のうちは植え易いところがたくさんありましたので作業も比較的スムーズだったと思いますが、ここ5年から10年くらいは急斜面のところ、猿も転げ落ちてしまうようなところに植えるわけです。そういう場所に土や苗木を持って上って行くのですから、その情熱というものは、凡人には計り知れないものがあります。毎年やっていたわけですからね。すばらしいことです。身をもって環境を守るとか復元するということを実践された方だと思います。我々は、その精神を受け継いでいきたいと思います。

藤田 そういう活動に多くの人が賛同されて、いろいろなところに活動が広がったりしていくといいんだろうなと思いますね。

知事 いま、県で取り組んでいるのが「企業等による森づくり」です。企業、地元の市町、森林所有者、県が協定を結び、企業の方々に森づくりを行ってもらうものです。社員の方が土日などを利用して木を植える、あるいは下草刈りをする。社会貢献の一環として緑化に協力していただいていますが、そういうところにつながっていると思います。
 また、皆様にお願いしています「とちぎの元気な森づくり県民税」(個人は年額700円、法人は均等割額の7%相当額)の税収が年間8億円くらいあります。そのお金で奥山林の整備を県が行い、里山の整備は市町にお願いしています。いままでイノシシの住処だった里山がきれいに蘇って、地域のみなさまが炭焼きを体験したり、子どもたちの植物観察会の開催というようなものにもつながったりしています。
 さらには、小中学校の机と椅子は山を手入れしたときに切り倒した県産材が使われていますし、バス乗り場のベンチにも県産材が使われています。そういうかたちで森林が再生をされて、子どもたちや高齢者のみなさまに対してほのぼのとした温かさを提供するということにもつながっています。

■大切なものは足元にある

藤田 里山林の整備については、私が住む那珂川町小砂地区にも随分予算を入れていただき、それが、県内で初めて「日本で最も美しい村」連合に加盟するきっかけになりました。

知事 日本で最も美しい村。おめでどうございます。

藤田 『アユルものがたり―那須のくにのおはなし―』の中にも、日本で最も美しい村が出てきます。『アユルものがたり』は、構想半ばにして亡くなられた立松さんの遺志を継いでお嬢さんの山中桃子さんが、福田弘平さん(烏山手すき和紙伝統工芸士、下野手仕事会相談役、元烏山町長。2013年1月死去)の企画で一緒に完成させた作品でもあります。知事にも刊行のお言葉をいただいていますが、読まれた感想などありましたらお聞かせください。

知事 大切なものというのは足元にあるということを気づかせてくれたのが「アユル」だということですね。「自分が住む地域を大切にして、誇りをもって生きなさい。無い物ねだりをするよりも、あるものを活かすことにつなげたほうが、はるかに地域はよくなるし、人々は心が豊かになるんですよ」ということを教えてくれる。そしてまた、人との出会いを大切にすることが、そういうきっかけにもつながりますよということが描かれているのかなと思います。

藤田 私もこの絵本を読ませていただいて、自分たちの身近なところで、こういうことがあったんだなということを改めて気づかされました。古代、渡来人が来ていろいろな文化を伝え、一つの「那須のくに」ができ上がったということですね。これからも那珂川沿川のまちが、文化も含めて豊かな土地になるようにと思っています。

知事 日本で最も美しい村に小砂が選ばれるということは、申し訳ないですが、我々、夢にも思いませんでした。小砂のよさに気づいていなかったところが問題だということですね。誰が「日本で最も美しい村」に登録しようと提唱したかわかりませんが、那珂川町に「アユル」がいたんですよ。

藤田 地元の人間は当たり前なので気づかないんです。美しい村への登録は、外から来た人が「絶対、これはいいから」ということで話を進めてくださいました。

知事 いま、栃木県のブランド力が高まらないというのは、そこが要因なんですね。愛着度とか、独自性とか、そういうものを自分たちで遠ざけてしまう。人間関係や人間性、あるいは自然、伝統文化、歴史とか、(栃木県には)いいものがたくさんあるにもかかわらず、それは当たり前のことだから、「それがどうしたの」という感じなんですね。

藤田 そんな「当たり前のもの」を都会の人は本当に喜んでくれるんです。

知事 日常のことだから、なかなかそこに価値を見出せない。しかし、非日常の方々にとっては、これ以上の価値は無い。自分たちの誇りにすべきことなのに、なかなかそこまでたどり着けないというのが我々だということですので、やはり、意識改革をして、いいものを認める、そしてそれに磨きをかけることをやるべきです。いい素材、資源があるのですから。

藤田 小砂も、「日本で最も美しい村」登録をきっかけに住民が本当に意識改革をして、一人ひとりが地元を自慢できるようになっていくようにしたい。そのほうが来られる方も本当に楽しめると思います。日本で最も美しい村の先進地として頑張っていきたいと思います。

■伝統工芸の技術の保存と継承の重要性
下野手仕事会展示会をご覧になる福田知事

下野手仕事会展示会をご覧になる福田知事

下野手仕事会展示会をご覧になる福田知事

下野手仕事会展示会をご覧になる福田知事

藤田 次に、栃木県の伝統工芸と文化の発展ということでお聞きしたいのですが、県の施策のなかで伝統工芸をどのように位置づけしていただいているのでしょうか。

知事 伝統工芸品は栃木県の歴史と風土の中で育まれてきたものです。栃木県の伝統的工芸品として57品目75件が指定されています。生活様式の変化や消費者ニーズの多様化で需要が低迷し、生産量が大幅に少なくなっているのは、たいへん残念なことだと思います。現在165名の伝統工芸士が藤田さんをはじめとして認定されているわけですが、高齢化が進んでおりますので技術の伝承、保護、後継者の育成が喫緊の課題ととらえています。
 平成22年11月に本場結城紬がユネスコの無形文化遺産に登録されました。国際的にも認められている、ものづくり県の原点ともいえる伝統工芸の技術の保存と継承の重要性については、十分認識しているところです。
 県では、県庁舎15階の県政展示コーナーで伝統工芸品を広く常設で紹介しています。また、「とちぎ食と農ふれあいフェア」と同時に、昭和館などを使って伝統工芸品展を開催しています。製作実演や製作体験を通して伝統工芸品が県民のみなさんに身近なものになるような機会も設けております。
 今年度から伝統工芸品製造者のグループによる伝統工芸品のブランドの強化に向けた取り組みについても支援することに致しました。
 伝統工芸士のみなさんにもご一緒していただきましたが、香港のみなさまに伝統工芸品などを見て買っていただく「とちぎのいいもの物産展 in 香港」という取り組みもしております。
 また、これからも引き続き窯業技術支援センターや紬織物技術支援センターに伝習生、研究生を受け入れて後継者の育成にも努めるとともに、伝統工芸品の製造者等による未就職者の雇用に対する支援を行うなど技術の伝承をしっかりできるようにしていきたいと思います。
 しかし、「そうは言っても食べられなければ(伝統工芸は)残らないでしょう」と言われてしまうので、まずは、売ることですよね。売ることについても、県内はもちろんですが東京や海外、そういうところに一緒に出て行ってもらって伝統工芸品のよさを消費者に認知してもらい、取引機会の拡大などにつなげていければというふうに思います。伝統工芸士のみなさまとの連携を図りながら販路の拡大にもつなげていきたいと思いますし、まずは県民のみなさんによく知ってもらってお買い求め願うというふうに考えています。
 一昨日、佐野で対話集会がありましたので、外国のお客さんのために下駄を買って来てプレゼントするということも個人的にはやっていますが、これからも引き続き産地の支援を積極的に行って参りたいと思います。

藤田 よろしくお願いします。商品、作品をずーっと同じかたちでつくっていくということは有り得ないと思うんです。その時代時代に合ったものを、求められるものをつくっていかないと、せっかくの技術がそこで途絶えてしまうと思っています。

■「下野手仕事会40周年記念」展示会を県の協賛で開催
「下野手仕事会40周年記念」カタログ表

「下野手仕事会40周年記念」カタログ表

「下野手仕事会40周年記念」カタログ裏

「下野手仕事会40周年記念」カタログ裏

藤田 いま、私のところでも県の工業振興課から伝統工芸品デザイン力向上支援事業という支援をいただいて、デザイナーとコラボして新しい形とか用途とか、新しい目で見ながら作品づくりを続けているのですが、そういう取り組みを今後も続けていただければありがたいと思います。
 職人だけではリサーチができない。やはり、そこに消費者と職人を結びつけてくれるデザイナー的な人が欲しいですね。ただ、小さいところでは、なかなかそこまでのアクセスといいますか、県とのパイプもなかなかできないので難しいんです。

知事 県外の有名なデザイナーも一つの方法かもしれませんが、県内でも若いデザイナーが育ってきていますので、そういった方と連携すればいいアイディアが出ると思うんですよね。産業振興の観点から地場の伝統工芸品、あるいは若手のデザイナーの人たちとの意見交換を経て新しい商品を生み出していくということも、これから必要だと思います。

藤田 何もしないと無くなっていってしまうものが、新しい用途が生まれることによってどんどん大きくなる可能性もあるんだと思います。私の場合は手仕事会が中心になると思いますが、その中でみんなと話し合って方向性を見出していきたい。県などと相談しながらやらせていただければと思います。

知事 小砂焼もずいぶんデザインが変ってきましたよね。色彩も洗練されたといいますか。今までのイメージを一新するといいますか。

藤田 そういう取り組みが必要ですね。

知事 買いたいという気持ちになるわけですから。

藤田 そういう意味で、我々も発表の場をたくさん持ちたいなと考えています。9月に下野手仕事会結成40周年記念の手仕事展を県の協賛をいただいて栃木県総合文化センターで開催することができました。下野手仕事展は毎年開催しているのですが会場の確保が難しく、栃木県総合文化センターの会場を借りるのも抽選です。何とか定期的に(伝統工芸品を展示できる)会場を与えていただけるとありがたいなと思います。

知事 毎月18日の「地産地消の日」に県庁1階のホールで開催している農産物直売所に農畜産物だけでなく伝統工芸品を出品できないか、事務方に検討させましょう。(手仕事会から)どなたか自分の商品を置きたいという人が交替で来ていだだき管理して販売するというようなかたちでできれば。

藤田 発表の場、見ていただく場が必要ですし、買っていただくということが一番大切なので、そういう場も欲しいなと思っています。

知事 偶数の月、あるいは3の倍数月に出店するとか、そういうふうにして県民の目にふれるようにすることが必要だと思いますね。

藤田 「伝統工芸品の日」をつくっていただけるとありがたいです。立松さんが故郷に思いを馳せて書いた絵本「黄ぶな物語」にみられるように、地域の自然と生活は伝統工芸と密接に繋がっています。県内にはたくさん手仕事があるわけで、それを無くさないようなことをしていきたいと思っています。県に協力していただきながら伝統と文化を残していきたいと思っています。

知事 伝統工芸品がみんなの目にふれる場の提供の頻度を増やすということですね。

■技術を継承する人材を自前で育てていく
福田知事と固く握手をして対談を終えた藤田会長

福田知事と固く握手をして対談を終えた藤田会長

藤田 立松和平さんもこよなく愛した私たちの故郷「栃木県」の知名度アップといいますか、日光の世界遺産等をはじめ栃木県の伝統文化のアピールを全国(全世界)に向けてお願いします。

知事 まず、やはり世界遺産、日光の2社1寺は世界の宝だと思います。国宝が9棟、重要文化財が94棟、合計103棟の建造物群で、17世紀の天才的な芸術家の代表的な作品です。そして、それを取り巻く自然環境、杉木立の静寂さというものは行ってみないとわからないと思います。古代以来、日本的宗教空間を継承する文化的な景観を形成していて、世界に誇れるものだと思います。
 また、足利の鑁阿寺本堂が栃木県としては17番目、56年ぶりに国宝の指定を受けました。国宝の数は、かつて都があった京都、奈良や大阪、東京、そういうところ以外では、重要文化財も含めて全国トップクラスです。そういう点では歴史文化に秀でた県であるということを大いに国内外にアピールしていきたいと思っています。
 それから、いろは坂を上がっていった日光の自然の繊細な美しさ、ロイヤルリゾートであります那須の自然の雄大さ、さらに、鹿沼・前日光、那珂川、黒羽から烏山にかけての八溝地域の自然が栃木県の売りというふうに思います。人工的な洗練された美と自然として残っている繊細な美しさ、これは世界どこにも負けないと思っています。来ていただければ、そのよさがわかる。日々変化する、1日の中でも時間で変化をしていくというものを多くの人に知ってもらいたいと思います。

藤田 どうもありがとうございます。遺産を守るということは伝統技術も守られていくということなので、ものすごく大事なことだと思います。

知事 式年遷宮という技術を守る手法が伊勢神宮にはありますが、栃木県では今市工業高校で、2社1寺の造営などに必要な飾金物の技術や漆塗りの技術を、実際に2社1寺の造営・修復に当たっている技術屋さんが直接学校に来て子どもたちに教えるという授業をやっています。高校のときから文化遺産の修理や改築などに興味を持ってもらい、技術を修得できる仕組みをつくっています。京都や奈良から職人さんを連れてこないと日光の2社1寺や歴史的建築物の改修、修繕ができないということにならないように、飾金物や漆塗りの技術を継承する人材を自前で育てていきたいと思います。

藤田 そうじゃないと、みんな借り物になってしまうような気がしますね。現場の職人が直接指導するというのは、受ける側のインパクトというか、教わる方も真剣に覚えていくみたいなところがあるような気がします。

知事 古い技術に接することによって興味も湧いてくる。それは伝統工芸も同じだと思います。若いうちに接することで「跡を継いでやってみたい」という人が出てくる。その人の感性にマッチし興味を持てばそういう可能性もあるわけですから、伝統工芸を目にする機会や体験する機会、学ぶ機会をつくっていくことが我々の責務かなと思います。

藤田 私たちも、実際に粘土を触ってもらったりすると感動してもらえるということを感じています。見ているだけではなく、直接触ってもらうと、(手仕事の)ありがたみがわかってもらえます。そういう取り組みをどんどんしていきたいと思います。

知事 観光キャンペーンなどで、去年台湾、今年香港に行きましたが、体験型の観光というものがこれから重要だと感じました。例えば、ろくろを回す、着付けをやってみる、写経をする、自転車に乗る、そういうことが必要だと言われていますので、外国のお客さんに伝統工芸士の皆様方の作業風景を見てもらったり、体験してもらったりして、こんなふうにしてつくったものだということわかれば、お土産として購入に結びつくと思いますし、あるいは藤田さんのところで修行したいという人も出てくるかもしれませんね。そういうことにつなげていければ。いま、チャンスじゃないかと思います。

藤田 これから地域はどんどん高齢化し、人口も減っていくわけですが、多くの観光客に来ていただき、地域を豊かにしていこうという取り組みは、そこに住んでいる人たちが目覚めるということが必要かなと思います。

知事 そこに行くといつもにぎわっているということが、まず必要なんですね。そこで体験ができる、お土産としても買える。それが伝統工芸士のみなさんにとっての生きがい、やりがいにつながる。技術の伝承にもいい影響が生まれるというふうに思いますので、そういう環境づくりのために我々もがんばっていきたいと思います。

藤田 よろしくお願いします。きょうは本当にありがとうございました。

(構成:ビオス編集室)

福田知事を囲んで。「下野手仕事会40周年展示会」栃木県文化センターギャラリー前にて

福田知事を囲んで。「下野手仕事会40周年展示会」栃木県文化センターギャラリー前にて


立松和平
*立松 和平 たてまつ わへい

 1947-2010 昭和後期-平成時代の小説家。
 1947年12月15日、栃木県宇都宮市に生まれる。インド、東南アジアを放浪。全共闘運動、肉体労働を経験する。1980年、都市化にさらされる農村の若者をえがいた「遠雷」で野間文芸新人賞。1986年、アジア・アフリカ作家会議から若い作家のためのロータス賞。1997年、「毒―風聞・田中正造」で毎日出版文化賞。1999年、ふるさと栃木県の宇都宮市民芸品「黄ぶな」にまつわる絵本「黄ぶな物語」を発刊。絵は長女横松(現、山中)桃子が描いて好評を博す。「道元禅師」で2007年、泉鏡花文学賞、2008年、親鸞賞。2010年、「アユルものがたり―那須のくにのおはなし―」(作絵/山中桃子・企画/福田弘平-2012年に発刊)の構想半ばにして2月8日死去。62歳。早稲田大学卒。本名は横松和夫。

*「日本で最も美しい村」連合とは

 NPO法人「日本で最も美しい村」連合(会長・浜田哲北海道美瑛町長)は、2005年に7つの町村からスタートした。当時は、いわゆる平成の大合併として市町村合併が促進され、小さくても素晴らしい地域資源や美しい景観を持つ村の存続が難しくなって来た時期にあった。「日本で最も美しい村」連合は、フランスの素朴な美しい村を厳選し紹介する「フランスの最も美しい村」運動に範をとり、失ったら二度と取り戻せない日本の農山漁村の景観・文化を守りつつ、最も美しい村としての自立を目指す運動をはじめた。人口が1万人以下、景観・環境などの地域資源が二つ以上あることなどが条件。小砂地区は豊かな里山や田園風景のほか、山林を使った芸術活動、小砂焼き、いわむらかずお絵本の丘美術館などの地域資源が評価された。
「日本で最も美しい村」連合のホームページなど参照)


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対 談「那須の国」を語る

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