アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「美術館だより」No.2

おもちゃ絵の猫 - 長井裕子著『国芳一門の猫絵図鑑―ねこのおもちゃ絵』-

「おもちゃ絵」は、読んだり切ったり組み立てたりして遊ぶ、子供向けの浮世絵です。着せ替え人形やマンガ、ゲーム、双六などいろいろな機能を備えたものがあり、遊びそのものを楽しみながら、日常生活に必要な知識を身につけることのできる教育用教材でもありました。

江戸時代から続いているものですが、「おもちゃ」という言葉が使われるようになる明治時代以前は「手遊び絵」と呼ばれていました。遊ばれては捨てられる運命なので、なかなか今に残らず、その全体像はつかみにくいのですが、幕末から明治時代にかけてかなりの種類が作られたと考えられ、猫のものだけでも百種類以上現存しています。

お風呂に入ったり、勉強したり、料理に舌鼓を打ったりする猫たちのしぐさは可愛らしく、見ていて楽しいものですが、猫に擬えて人々の生活や風俗、習慣が反映されており、当時の暮らしを知る上でも大変興味深いものです。特に、本書に収められている「おもちゃ絵」には人力車や汽車、馬車などの新しい乗り物や、洋服やこうもり傘といった開化期の風物が描かれていて、明治時代の様相を知ることができます。資料としても貴重なものです。

「おもちゃ絵」で最も名前が知られている絵師は、本書にも登場する歌川芳藤です。「おもちゃ芳藤」と呼ばれて人気が高かかっただけあって、その作品の多くは緻密に作られた質の高いものです。

その次に有名なのが歌川国利です。「おもちゃ絵」では人間臭い擬人化された猫が多いのですが、国利の作品には「新版ねこ尽シ」のように、動物としての猫もたびたび登場します。「かん袋」を被らされたり、毛繕いをしたり、紐にじゃれついたりといったしぐさは自然な描写のように見えますが、実はその多くは、広重の絵本から写したものです。

歌川広重は、猫を観察して描いた図を『浮世画譜』に24図載せています。また、広重が描き溜めていた未発表の猫のスケッチを弟子の三代広重が描き写し、『百猫画譜』という本で発表していますが、国利の猫の多くは広重の『浮世画譜』か、三代広重の『百猫画譜』の中に見つけることができるのです。

国利だけでなく、広重の猫の手本を利用している浮世絵師はほかにもたくさんいます。師匠の絵を真似て絵の練習をするのが一般的だった浮世絵師たちにとって、猫を自ら観察してオリジナルの画像を作り出すのはそんなに簡単なことではなかったのかもしれません。

芳藤や国利のように、ベテランになっても「おもちゃ絵」を手がける絵師もいますが、その多くは駆け出しの若い絵師によって作られました。師匠や兄弟子に小言を言われながら、何度も描き直し、腕の良い兄弟子に手を入れてもらってやっと版元(出版会社)に渡したと思ったらいろいろ言われてまた描き直し、なんていうこともよくあったようです。版元から、お師匠さんの頼みだから作ってやっているのだと恩に着せられることもあったとか。

署名のない「おもちゃ絵」もよく見かけますが、これは師匠からまだ画名をもらっていない絵師が手がけたものです。そんなことを知った上で改めて「おもちゃ絵」を見ると、若い浮世絵師の一生懸命な姿が目に浮かんでくるようです。

この本では42枚のねこのおもちゃ絵を取り上げ、作品に記された書き入れや台詞の読み下しとともに簡単な解説を添えました。なるべく原文どおりに翻刻していますが。わかりにくいところは現代文に直してあります。

かわいらしい猫たちのしぐさや表情とともに、絵に描かれた物語やその背景もお楽しみいただければ幸いです。

(『国芳一門の猫絵図鑑―ねこのおもちゃ絵』長井裕子著 発行所 ㈱小学館 ¥1,300+税/p126-p127「おわりに おもちゃ絵の猫」より)

『国芳一門の猫絵図鑑―ねこのおもちゃ絵』長井裕子著

擬人化された猫などが登場する「おもちゃ絵」

著者 長井裕子

長井 裕子(ながい ゆうこ)

那珂川町馬頭広重美術館主任学芸員。浮世絵研究家。

ハーバード大学EXT.スクール大学院修了。ハーバード大学大学院(GSAS)スペシャルスチューデント。専門は美術史。「鈴木春信の大小と摺物」でアラマエ・クライト賞受賞、「福をまねく!猫じゃ猫じゃ展」で秀逸企画賞など受賞。国際浮世絵学会勤務の後、現在那珂川町馬頭広重美術館主任学芸員。国際浮世絵学会常任理事、編集委員。

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