アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「BIOS電子版」No.21

美術史家・美術評論家-上野 憲示-日本人の美のアイデンティティーを確認

『柿右衛門』の“本歌”に魅せられて

「疲れた身体を癒すためにゆったりと高級磁器のカップ&ソーサーでお茶を楽しもうと……。そこからマイセンのカップ&ソーサーを集めはじめたのです。はじめはマイセンから入り、後にそのもととなった日本の有田の磁器『柿右衛門』のほうに研究をシフトしていったのです」

美術史家・美術評論家である文星芸術大学学長・上野憲示氏(学校法人宇都宮学園理事長を兼任)は、美しく可憐なカップ&ソーサーを手にとってテーブルに並べた。マイセンの『梅鶉文』のカップ&ソーサーであった。

「17世紀末、ザクセン選帝候アウグスト強王が輸入した『柿右衛門』の器の絵の美しいコピーです。私はそれから『柿右衛門』のいわゆる“本歌(写しの手本作品)”に興味を持ち、その素晴らしい完成度の高さに惚れてしまったということです」

上野氏は東京大学在学中から鳥獣人物戯画に魅せられその研究に力を注がれていた。『鳥獣人物戯画巻』の復元の研究で歴史的新知見を成し、日本の美術史上に特異な光明を放つ。

2008年には、鳥獣人物戯画を筆頭に日本美術史を巧みな文で紐解き、実におもしろく読者を惹きつける著書『マンガ・アニメ・映像の源流 おもしろ日本美術Ⅰ』(文星芸術大学出版)が発刊された。

上野憲示氏

美術史学の基本は実際のものに準拠すること

上野氏は、2014年1月末に第2弾として『KAKIEMONおもしろ日本美術Ⅱ』(文星芸術大学出版)を発刊。同時に宇都宮市にある上野記念館で秘蔵のコレクションを一挙に展示した『柿右衛門KAKIEMON展―その草創から輸出特需に沸く興隆期まで―』(1月15日~2月15日)を開催している。

「柿右衛門の“本歌”は市場では数が少ないのです。典型的な柿右衛門様式の焼物、柿右衛門の上絵付の赤絵などを少しずつ集めたものを展示しています」と話しながら、貴重な展示品の一つひとつを解説してくれた。

「研究のために古窯出土の陶片に着目し、その分析で小木一良(おぎいちろう)先生にご指導いただきました。できれば窯場から出てきた陶片と一致する『伝世品』を集めなさいと言われまして、それで染付関係、典型的なものを集めてきました」

数年間、丁寧な研究のもとに足で歩いて掘り起こした秀逸な『柿右衛門KAKIEMON』コレクションがみごとに出展されている。「美術史学の基本は、机上の論ではなくて、実際のものに準拠することですから」と。

また、昔は古九谷は好事家の間で非常に高く評価されていたが、その後の研究成果の結果「九谷(石川県)ではなくて、『柿右衛門』と同じ九州の有田(佐賀県)で焼かれた伊万里(有田焼は国内向けには伊万里港から積み出されていた。海外へは長崎出島から)の流れの中のもの」ということがわかってきたという。正に、小木一良氏は古九谷有田説の第一人者であった。

「そのことが研究の大きな変わり目となりました。それ以降に私が研究者の一員に加わったんですが、一騒動あった後で落ち着いた研究姿勢ができました。騒動は十年ぐらいで固まりましたね」

柿右衛門色絵梅鶉文輪花皿

マイセン窯倣製品

伊万里金襴手花鳥菊文輪花皿

マイセン窯倣製品

色絵双鶴文輪花皿

古伊万里染付鳳凰文八角面取壺

マイセン窯は「柿右衛門」を写すことから始まった

幕末から明治にかけての文明開化とともに、1873年のウィーン万国博覧会の参加も重なって日本のさまざまなものが海外へ輸出された。ヨーロッパでは「ジャポニスム」ブームで日本趣味がもてはやされた。

これが印象派、後期印象派、即ち、マネ、モネ、ルノワール、ゴッホら巨匠たちは、日本の浮世絵を大変貴重なものとして収集。彼らの芸術に深く影響を及ぼした時代であった。

「焼き物も同じく海外に出ていきました。そのジャポニスムの流れは、さらに江戸時代の前半にもこれに先立つものがあった。それが正に磁石から作る焼き物である伊万里『柿右衛門』などの色彩の豊かさが、ヨーロッパの王侯貴族たちに大変喜ばれて収集されていました。そして、それをそっくりに真似るんですね。ヨーロッパで初めてザクセン選帝侯アウグスト強王の大きな力でマイセンの窯が開かれましたが、『柿右衛門』をそっくりに写すことから始めたのです」

最初のうちは柿右衛門手がヨーロッパの王侯貴族に喜ばれもてはやされたが、次の段階で伊万里の金襴手が喜ばれてきたという。上野記念館『柿右衛門KAKIEMON展』の展示品はその歴史の流れのまま居並ぶ。

「そこからガラッと傾向が変わってくるのです。その双方で、写された倣製品がきちんと両方そろって比べられるのは、とても少ないことと思います」

今回の上野記念館の展示会は、この貴重な『柿右衛門』“本歌”とそのマイセンの倣製品を時下に見られるまたとないチャンスであり、上野氏の著書『KAKIEMONおもしろ日本美術Ⅱ』は『KAKIEMON』を文字通り、おもしろく深く味わい知る貴重な著書である。「日本人の美のアイデンティティーが確認できます」と上野氏。

伊万里研究家の大家、小木一良氏は、以下のように上野氏の著書を評している。

『華麗なる柿右衛門様式作品類とその歴史的展開詳述の著』

美しい柿右衛門様式の名品類多数と、その伝搬したヨーロッパ諸国における倣製作品類を広く網羅、図版とし華麗なる世界を展開。併せて、柿右衛門様式作品類誕生期前後から全盛期に至る状況を、年代と制作窯に添って解明した学術的展開。柿右衛門作品類の美と魅力、その歴史的展望を詳記した柿右衛門様式作品鑑賞・研究に必読の書である。多くの方々に広くお薦めしたい。

伊万里研究家 小木 ー良

『KAKIEMONおもしろ日本美術Ⅱ』

『KAKIEMONおもしろ日本美術Ⅱ』

(著者:上野憲示/出版:文星芸術大学出版/発売:アートセンターサカモト/¥1800+税)

上野 憲示

1948年、大阪生まれ。

東京大学文学部美術史学科卒業。栃木県立美術館学芸員。東京大学、清泉女子大学などの非常勤講師(美術史学・博物館学担当)を経て、1991年に宇都宮文星短期大学教授に就任。現在、文星芸術大学学長ならびに芸術理論専攻教授、学校法人宇都宮学園理事長。

著書に『鳥獣人物戯画(日本絵巻大成六)』(中央公論社)、『渡辺崋山の写生帖』(グラフィック社)、『ハイビジョン鳥獣人物戯画』(ハイビジョンミュージアム推進協議会)、おもしろ日本美術1(文星芸術大学出版)など、美術史家、美術評論家として活躍。

文星芸術大学HP:www.bunsei.ac.jp/