アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「BIOS電子版」No.24

シンガーソングライター-せきぐちゆき-人の心に届く歌を

2014年4月26日、足尾銅山の煙害で荒れた山に緑を取り戻そうと、NPO法人『足尾に緑を育てる会』(鈴木聡会長)主催による「春の植樹デー」が開催された。全国から植樹のためのボランティアが約700名ほど集ったこの日、主催者側に招かれたシンガーソングライター「せきぐちゆき」が、植樹前の聴衆が見守るステージに上った。自らの作詞作曲の歌『備前楯山』そして『渡良瀬の夢』を熱唱。足尾の町にささげるメッセージソングは、足尾の山の風景を背に、美しく通る声で言葉をかみしめるように、全身全霊を込めて歌い上げた。

「鉱毒事件があって山が荒廃してしまった。そのときだけじゃなく、現代も問題があってつながっています。これから大人になっていく子どもたちにも伝わるような、メッセージを込めて分かりやすい内容で歌を作ろうと思いました」

シンガーソングライターせきぐちゆき

スーパーグランプリを受賞して

「小さいころから何となく歌が好きだったので電子オルガンを習ったりしていましたが、特に音楽の深いところにいたわけではありませんでした」

せきぐちは、自然にいつかは歌手なれると、漠然とした気持ちでいた。だから、歌手になるための具体的な努力はしなかったと話す。地元の小、中、高校に通い、「部活動に明け暮れていた毎日でしたよ」

やがて高校を卒業すると東京のエンターティメント系の専門学校へ。この頃、ラジオのコンテスト番組に曲を出すとグランプリを受賞した。そして2004年にインディーズデビューとなった。そこから一気にスーパーグランプリを受賞し、2005年に『桜通り十文字』でメジャーデビューを果たす。現在のプロデューサーとの出会いもあった。

「昭和歌謡の匂いのする『女の情念』といった歌がスタートでした。今年でデビューして9年目になります」

初めて作詞作曲を手がけたのは小学校3年生の頃だったという。「子どもの頃から歌うのも好きだったし、物語を書くのも好きだったんですが、歌を作っていましたので、歌う方にすすんでいったんです。時間があれば作詞作曲をしていましたね。授業中こっそり書いていたんですよ」と、懐かしそうに笑う。

はじめて作った曲はやがて『姿川』という曲になって、インディーズのアルバムに収録されて花開いた。

インタビューを受けるせきぐちゆき

なぜ「足尾」を歌うのか

足尾の歌を作ったきっかけは、せきぐちがパーソナリティーをつとめるラジオ番組『せきぐちゆきの苺通り十文字』(RADIO BERRY FM栃木/月曜日20:30~21:00)にリスナーからのリクエストがあったからだ。

「『足尾に緑を育てる会』に参加された方が、こういう会があって植樹活動をしているので、元気づける曲を作ってくださいってリクエストがあったんですね。それから、図書館に行ったりして、いろいろなところで資料を集めて……、もちろん田中正造さんのことも調べました。足尾の曲ができてから、『歌ってくれませんか』と言われて、歌を作った重みと作った意味を改めて考えさせられました」。資料から町の歴史を学ぶほど、その思いはとてつもなく深いものとなっていった。思いのすべてを作詞し作曲した。

「どんな土地でもそこに住んでいる人の思いもあるし、暮らしてきた人たちの誇りなども含まれています。時間の許される限りはその土地の歴史など、いろいろ調べて作詞をしました。通常よりかなりプレッシャーのある創作活動になりました。歌を作ったから木が生えるわけではないのですが、木を植えていくのは人なので、人の心に届くものになって、少しでも活動の役に立てばと思いましたね」

昨年(2013年)は「田中正造:没後100年事業」の一環として10月に「未来への大行進」(主催・「田中正造没後100年記念事業を進める会」/坂原辰男会長)のイベントが行われた。主催者の依頼で『渡良瀬の夢』を作詞作曲したせきぐちは、田中正造の墓前で歌った。「少しでも未来に役に立てばと思いました。大切に歌っていきたい歌です」

栃木県外でコンサートやライブを開催すると、「足尾銅山や田中正造のことは教科書で何となく知っていたけど、こういうことがあったんだ」と、来場者たちに足尾に興味を持ってもらうきっかけになると話す。

「今年で二回目ですが、足尾の植樹は毎年参加できたらと思っています。たくさんの人が関わってこのような活動があって、足尾の歌をもっともっと大事に歌っていかなければと思いました」

足尾「春の植樹デー」のステージで歌う

「春の植樹デー」の関係者たちと足尾を巡る(左から3番目がせきぐち)

足尾の山を背景に

田中正造に関する著作作家・水樹涼子氏と「植樹デー」にて

白と黒、二つの「せきぐちゆき」

白と黒の二つの「せきぐち」がいると話す。例えばひとつは「女性と男性のいろんな形での愛というものを、わりと暗いドロドロした」ような表現で歌を作る。それを黒というなら、正反対の白は「町というものが一つのキーワード」になった歌、町起こしをするような元気な曲や、町の歴史をメッセージに託すような曲を作る。二つの異なった歌を歌うことで「ライブもコンサートも来てくださる方たちも違った楽しみが出てきて」出演依頼も、応援してくれるファンも増えた。

「白が好きな方、黒が好きな方、それぞれいると思うんですが、どっちも私が作っているので戸惑うこともあるのかなと思います。それでも私のメッセージは伝えていきたいと思っています」

せきぐちの歌を聴いた人たちから「実際に私の言いたかったこと、思っていたことを歌詞にして曲を作ってくれてありがとう」と言われることが作詞作曲することへの大きな励みになる。

「『私はこういうことが言いたかった』と、その人の代わりにメッセージを発信していけるような曲だったり、人が本当につらいとき悲しいときに、その曲に没頭できるような楽曲を書いていきたい。たくさんの人に応援してもらっているので恩返しできるように、いい歌を作って歌っていきたい」

2009年に発売したシングル『風と共に』が石原裕次郎23回忌のイメージソングに抜擢された。2011年、アルバム『素顔~愛すべき女たち~』がレコード大賞の優秀アルバム賞を受賞した。この頃よりめきめきとシンガーソングライターとしての才能を発揮してきている。

6月4日にニューシングル『遊らり羽らり』が発売される。白か黒か!聴く人によってその区別は異なるかもしれないが、それだけにシンガーソングライター「せきぐちゆき」の魅力は、足尾の山を背に歌うメッセンジャーを越えた女の情念の世界にあるのかもしれない。

『遊らり羽らり』CDジャケット