アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「BIOS電子版」No.45

『がんと仲良く死ぬまで生きる』の著者加藤玲子さんと出版プロデューサーの丹生英昭さん

2019年4月に『がんと仲良く死ぬまで生きる』(出版/アートセンターサカモト)が発刊された。5度目のがんの治療中である加藤玲子さんの闘病記録と家族、友人たちの記録である。出版から約半年、加藤さんと著書をプロデュースした友人丹生英昭さんに取材することができた。

加藤玲子さん(左)と丹生英昭さん(右)

加藤さんとの出会いと本の出版はどのようなことがきっかけですか?

丹生 加藤さんとは済生会宇都宮病院の緩和ケア病棟で傾聴ボランティアをご一緒にさせていただいていますが、加藤さんががんに何度か罹患して今日まで来られていることは知っていました。しかし、昨年、加藤さんが「5回目のがんが見つかったのよ」とおっしゃった時に、それまでの加藤さんに対する思いとは違った思いが私の心に生まれたのです。

がん患者さんはあまり積極的には「がんに罹患して今こういう治療をしている」などとは言わない方が多いと思うのですが、果たして今、2人に1人ががんで亡くなられる時代に、「家族などごく近しい人だけで考えていくこと、対応していくことがいいのだろうか、国民病とも言われているがんを社会全体で乗り越えていく必要があるのではないか、がんについてもっと多くの人に知ってもらい、がんをみんなで乗り越えていく、そういう社会が来るのが望ましいのでは」と感じて、加藤さんに本の出版の話をしたのです。

加藤 私は丹生さんからそのようなお話を伺ったときに、最初は後ろを向いていたような状態でした。体験談を出版したとしても本屋さんには1日に何冊もの新刊が積まれますし、女優さんや有名な方ががんになった闘病話をすぐに取り上げては本にするような時代なのですから、「78歳の婆さんの私ごときが」という思いがとても強かったのです。ただ、丹生さんの熱い思いはボランティアで毎週お会いしていたので、ぐいぐい伝わってきました。

丹生 加藤さんは自らががん患者であって、大変辛く苦しい思いを30年以上もされていても、他のがん患者さんやご家族に勇気や癒しを与えていらっしゃる。加藤さんが今まで生きてきた半生、闘病生活を1つの本にまとめて、それをより多くの方に読んでいただく、「こういう女性がいて、こういう生き方をすれば、がんと上手く付き合えるのではないか」と。著書のタイトルにもありますように、「がんと仲良く死ぬまで生きるという生き方が他の方もできるのではないか」と。是非とも加藤さんに今までの経験、思いを出していただいて、それを多くの方に知ってもらい、がん患者さんもがん患者さんではない方も、改めてがんについて考えていただければと、そのような思いが本を出版する一番のきっかけでした。

取材を受ける丹生さん

本を出版にするにあたって、実行委員会を設立したのはなぜですか?

丹生 本を出版するという事は、加藤さんのプライバシーが全部外に出るという事ですから、まずご主人のご理解をいただかなければいけないという事で、ご主人にお話しさせていただいたのですが、最初は「こういう本は今までもたくさん出ているし、ましてやうちの家内は本にするような特別なことはしていない」。そんなことでお断りをされたというか。加藤さんのご自宅に伺っては、ご主人とお話をさせていただきました。でもあまり性急にお顔を見るたびにお話ししても良くないかなとも思ったので、実際に出版のための実行委員会を立ち上げて、既成事実を作ってしまった方がご主人も「うん」と言わざるを得ないのではないかと、そういう風に戦略を立てました。

ではどういうメンバーがいいかと考えた時に、加藤さんをよく知っているメンバーがいいのではないか。加藤さんもお顔が広くてお付き合いもあるので、ざっくばらんに私が候補者を出して、「こんな風に実行委員を考えているのですがとお話しながら、加藤さんに推薦していただける方など、相談させていただき、なるべく加藤さんを良く知っている方というところをコンセプトにして出版が上手く行くようなメンバーにお願いしました。

本の中には加藤さんの人となりを記した寄稿文が掲載されていますが、中には加藤さんをよく知らない大学の先生の一文も寄せられています。先生は学者ですから「人の生き様から我々は何を学び、どう生きるべきか」ということを考えていただけるとを思い、寄稿をお願いしたのです。先生は加藤さんの生き様を通して「人としての在り方」について書いてくださいました。

加藤 それは私もとても良かったと思います。人と関わって生きるという事をしっかり書いていただいたので、本の内容が膨らんだかなと思いました。

丹生 他の方は、医師、看護師さんをはじめ、本当に加藤さんをよく知っている方ばかりです。そういう方にお任せすればきちんと書いていただけます。加藤さん本人の人柄からくるお付き合いの方々や大学の先生など、多角的に加藤さんを分析できる方に入ってもらった方がいいかなと加藤さんにご相談しました。

加藤 お声をかけた方が皆さんご承知して下さったことが本当にありがたいことでした。

丹生 お願いをする段階で、「加藤さんのためなら」という言葉が返って来たのです。どれだけ加藤さんの周りの人に対する影響が大きいか!ニコニコとされながらお話をしている中に、相手の心の中にきちんと入り込める力が加藤さんにはあると思っています。

取材を受ける加藤さん

出版までのエピソードなどをお聞かせください。

加藤 私が非常にありがたかったことは、後ろを向いていた夫が「あとがき」を書くことになった時に、何度も何度も書き直していて。それを見た時に、がんになった私の事を30年見ていてくれていたのだということを感じて、改めてありがたかったなとしみじみ思いました。48歳で2度目のがんを患った時、夫は単身赴任で大阪に行っていました。研究職が長かったのですが、大阪では1つの会社を任されていたので大変なことだと思っていました。その頃よく病室の窓から見える雲を見ながら、「この雲は大阪まで続いているのかな」と、雲に話しかけていました。彼は彼で、大阪で頑張っているのだから、私は私で病気と向き合わなくちゃいけないと思いました。子供たちは、中学3年、浪人生、短大生で、義父もおりました。ある意味での修羅場を乗り越えたというか、やっぱり、人間はそういう状況に置かれた時、それを受け止めてしっかり生きていく他はないのかなと、自分の病気を通して学びましたね。

昔からあまり思いつめるタイプではなく、私を人はよく「自然体の人」などと言っていましたが、何度も何度もがんになりましたけれども、その都度受け止められたのかなという気はしています。

子どもたちはそんな中でみんな普通に仕事をして、家庭を持って。このような子どもたちの暖かく穏やかな生活は、私にとってはとてもありがたかったです。私ががんになったことに対する神様から頂いたご褒美だと思いました。

丹生 私の中でとてもインパクトが大きかったのは、やはり加藤さんのご主人が原稿を書いてくれたという事です。今も思い起こしていましたが、1月の下旬の頃、息子さんの原稿とご主人の原稿を加藤さんからいただいたのです。主人が書いてくれたというだけで加藤さんはそれ以上何も言わなかったのですが、自宅でその原稿を読んだ時に、「このご夫婦の絆は尋常じゃないな」と思いました。「あとがき」に加藤さんのご主人の原稿が入ったということが、ものすごくこの本の価値を高めてくれたという思いがしました。私は「前書き」を既に書いていたのですが、ご主人の原稿を読んで、実は書き直したのです。

加藤 私の友人で本当にしっかりと生きておられる方が、本を読んでくださって連絡してきましたが「がん患者ではなくても、これから自分がどう生きるかという指針をこの本は示していると思うわ」と言われました。これは本当に丹生さんのおかげです。実行委員の方々、私の歌の友だち、私の子どもたちも皆さんがそれぞれの思いを持って書いてくださいました。おかげさまでこの本がとても豊かになりました。それから写真と私の拙い絵を入れましたが「ああいう写真や絵が入っていて、とても読みやすかった」「一気に読んでしまいました」と皆さんおっしゃってくださり、本当に良かったと思っています。皆さんのおかげです。

丹生 出版してからもですが、出版する前からもNHKや新聞などのメディアが聞きつけて取り上げてくれて、反響がありました。

こんな例もありました。NHKのテレビを見た方が本が欲しいと連絡してきましたが、同時に「たんぽぽの会」(がん患者と家族の会/加藤玲子さん会長)に入りたいと会員さんになっていただきました。がんの治療で悩んでおられて、「病院でも適切な治療や指導を受けていないような気がする」と、加藤さんにご相談したいという話があったので、「たんぽぽの会」に来ていただきました。ちょうどその時にがんセンターの医師も参加していて、直接お話を聞き、その後がんセンターで治療を受けることになり、かなり良い方向にいったとのことでした。

また、NHKのニュースで加藤さんのことを知り、メールで連絡をいただいた方もおられました。「加藤さんが淡々とお話される姿に感銘を受けた。私もがんの手術をしたばかりで毎日どういう風に過ごしたらいいのでしょうか」などの相談のメールでした。「まだがんに対するノウハウも知らないので、落ち込んだりハイになったり、そういう日々を過ごしている中で加藤さんの話を聞きました。ぜひ本を読んでみたいので送っていただきたい」と。今でもメールのやり取りはあります。「加藤さんに、導いてもらった」というようなことが書いてあります。その他にも加藤さんを知るたくさんの方たちから連絡をいただきました。

宇都宮大学での講演

今、このインタビュー記事を読んでいる方でがんに罹患されておられる方もいらっしゃると思いますが、一言メッセージをいただけますか?

加藤 私もがんになりたくてなったわけではないのですが5回目のがんになってしまいました。嘆いたこともありました。でもやっぱり事実なんですね、がんということが。今、告知をする時代ですのでがんの告知を受けた場合は、それを受け止めて、仲良く暮らしていたらがんも飛んでいってしまうのではないかなって。 そういう風に私は捉えております。日々その人に合った生き方、ニコニコして過ごしていったらいいのではないかなって、そう思っております。

丹生 私の場合は、もうすべてこの本の「あとがき」通りに生きて頂ければ、そして加藤さんのように生きていただければ、がんと仲良く最後まで 生きることは出来ますと。それだけですね。

リレー・フォー・ライフで(中央・加藤さん)

『がんと仲良く死ぬまで生きる』


加藤玲子 著 /「加藤玲子さんがん闘病記」出版実行委員会 編

定価 1,200円(税別)

(有)アートセンターサカモト 出版

お問い合わせ http://www.bios-japan.jp/toiawase.html

TEL 028-621-7006 / FAX 028-621-7083