アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「BIOS電子版」No.46

バーチャル・フィクション小説 『地中人クローデル族』の著者 ひび こうじさん

栃木県那須塩原市の「ピラミッド元氣温泉」のオーナーで発明家のひび こうじさんのバーチャル・フィクション小説『地中人クローデル族』(アートセンターサカモト)が刊行された。「バーチャル・フィクション」は「仮想現実(バーチャル)」と「創造の虚構の世界(フィクション)」を組み合わせた造語で、時空を超えたストーリーが展開される。副題は「発想を変えればチャンスがいっぱい」。ひびさんが本書に込めた思いとは――

正道を歩む馬の背に逆さに跨がった人間

『地中人クローデル族』は88歳の米寿を記念して発刊され、「文筆活動の集大成」として、これまで書き留めた中編、短編合わせて12編が収められている。

目を引く表紙カバーにはひびさんのアイディアで親交のある造形作家小林基樹氏の「馬の背に後ろ向きにまたがる人間」の作品がデザインされている。

「人類は馬の背に跨がって未来に向かって正々堂々とばく進して行くと思っているけど、実は全くの逆。正道を歩む馬の背に後ろ向きに跨がっているのが私たち人類の姿なのです。現代文明、いまの社会世相を皮肉っているわけです」とひびさんは話す。

出版の思いを、本書「はじめに」で次のように書いている。

「発想を変えれば当たり前が異常となり、異常もまた肯定されることになると考える。発想を変えればあれもこれもたのしく受け入れられたり、思わぬチャンスをつかめたり、ヒラメキの機会にもなる。………この小説は、私の長い人生の流れの中に起こった世界(社会)の変貌を題材の背景としている。その中で、人間(人類)のエゴから起こる様々な形の悲喜劇を描いている。皆さま一人一人の受け止めから人生航路を考えてください」

作家 ひび こうじさん

推理力を生活に沿わせて生きる

ひびさんは事業家を志し、27歳のときに「明日の会社」をめざして電子機器関係の会社「アスノ製作所」を創業。海外にも進出し台湾、韓国、中国でエレクトロニクス関連の会社を経営。その後、「人生は一度きり。体力のある60歳を機に地元に戻り次の可能性に賭けたい」との人生設計に従い、60歳のときにすべての事業経営から身を引き、「後世に残す小さな遺産」として那須野が原の地に「ピラミッド元氣温泉」を設立した。「スピリチュアルな環境が得られるピラミッド構造の健康施設と地殻エネルギーの温泉をコラボさせた」という。

実業家であると同時に発明家として、これまで自らの事業の成長に貢献した「アルミ電解コンデンサ容器製造技術」から「具入り唐揚げ」というユニークなものまで様々な発明をし、東京都発明功労知事賞や科学技術長官賞、黄綬褒章を受章している。

そして発明家ならではのヒラメキや科学者としての視点、さらには海外での企業経営の体験を踏まえて、未来小説『最後の文明人記録』(金剛出版)、那須与一を超能力者として描いた歴史小説『那須与一』(下野新聞社)、故郷黒羽町の黒羽藩主大関増裕波乱の生涯と死の謎に迫った『那須の凶弾』(同)、第二次世界大戦中異国に生きた日本人女性の波乱に満ちた人生を迫ったノンフィクション『翻弄の舟』(同)などの作品を発表してきた。

「時代の流れに沿った発想転換の小説を書いて、推理力を生活に沿わせて生きてきた」という。

『最後の文明人記録』

『翻弄の舟』

「ものごとの真理・神髄とは何か」を意識して

文明批評の姿勢は初の著書『最後の文明人記録』(1973年刊)から一貫している。同書では地球を覆う軍拡競争の中で核ミサイルが発射され地上は放射能に見舞われ壊滅状態に。文明人と自称する現代社会が消滅してしまう未来を描いた。

『自然は、生物の共存のバランスを保つため、その淘汰を許しても、決して独善的生物の存在を許しません。そして自然界における生物の分布と量は、自然の神聖にして偉大なる力が、その歩みの中において、偉大なる時間をかけてのみ決定するものであるということを知りました。……私たち人類は、愚かにも、この掟を破ってしまったのです。そして、今や、その罪の贖(あがな)いに苦しめられているのです。しかし、この苦しみは我々文明人のみが負うべきでありましょう』(『最後の文明人記録』から)

出版前、ひびさんは大学の恩師に生原稿を持ち込み評価を仰いでいる。教授はそのいきさつを「あとがき」に書いている。

『この長編は15年前に書いたもので、その後も暇があると、ポツポツと短編を書いているという。工業最優先政策によって無秩序に公害をまきちらしてきた反省として“かけがえのない地球”を守る運動がようやく起こってきた折柄、この旧著がいささかのお役に立つのではないかと出版を思いたったのだそうだ。いわゆるSF仕立ではあるが、単なるSF小説ではない。今でこそ、大気や海の汚染がやかましくいわれ、公害といえば泣く子も黙る時代になってしまった。ところがこの小説は、地球汚染の現状と未来をずばり予測している。そして人間のつくった文明はどうなってしまうのだろうかという深い疑問を投げかけてくる。単なるエンターテインメントではなく、超文明時代のもつ矛盾と危険、人間性の危機など重大なテーマをこの小説はもっている』

それから47年後、本書が刊行された。表題になっている中編「地中人クローデル族」では、地表に住む万物の霊長を自負するホモサピエンス族が無謀な原子力開発により地表の生命体を傷つけ、さらに地下世界に住むクローデル族の社会に多大な影響を及ぼす様相を描いている。

「60年前に書いた小説の世界は、いま、その通りになっている。『人類は万物の霊長』なんておこがましい。万物という生命体は生命のリズム、種の保持、生物の共存のバランスを保つためあらゆる努力している。極楽鳥のオスがメスに対する求愛で華麗な飾り羽を広げダンスを踊るように。それなのに人間のエゴによって、この生命のリズム、共存のバランス、自然の摂理が破壊されてしまっている。農薬が撒かれた土壌の生態系は崩れ、人間が持ち込んだ外来種によって在来種が食い荒らされてしまう。現代社会はエゴのかたまり。私にはそれが見える。常に現実の裏側を見るようにしている。ものごとの真理、神髄とは何かをもっと意識して生活するような社会になれば」

ひびさんの書いた小説を前に

コロナ禍で人間の知恵が試される

いま、世界は新型コロナウイルスの感染が拡がり、これまで経験したことのない難題に直面している。

「コロナウイルスという思いもかけない災厄の中で、人間が試されている。コロナ禍とどう向き合うか。コロナが収束したらどんな世の中になるのか思いめぐらす。盛り返すのか、衰退するのか。社会、経済が成長していくように持っていく手を打てるのか。人間として、単なる知識人なのか、知恵を持っている人なのか、試される。知識と知恵はまったく違う。『1+1は2』、これは知識。知恵は『1+1は2プラスαあるいはマイナスα』です。プラス・マイナスαということを考えることができる人だったら、コロナ禍を乗り越えていくことができるでしょう」

「コロナ禍はある意味、座禅をしていてお坊さんに棒でビシッと喝を入れられたようなもの。この本で一番言いたいことはものの考え方、見方を変えれば別の風景が見えてくる、世界が拡がってくるということです。物理的には経済、商売が発展するチャンスをつかめるということを気付かされる。もう一つは精神的にたくましくなれる。生者必滅なのだからいつかは死ぬものです。それが早いか遅いかだけ。死んだ翌日からはもう過去の人だし、すべては過去のこと。人間はうまいことに過去のことを忘れられるようにできている。くよくよ、うじうじ、めそめそしているうちに歳をとってしまうから涙をふいて、次に向かっていけるようになっている」

続いていく未来を憂いて

ひびさんは間もなく90歳になろうとしているいまも、毎日ピラミッド元氣温泉のフロントに立ち、執筆も続けている。

「書こうと考えているのは『変わってしまった世界』。アメリカ、中国という大国がどうなっていくのか。特に中国の行く末に注目している。日本も変わって行く。運命的な変わりよう、続いていく未来、ingの未来を憂いながら書いていきたい」

ピラミッド元氣温泉の入り口で

新刊『バーチャル・フィクション小説 地中人クローデル族』

『バーチャル・フィクション小説 地中人クローデル族』


ひび こうじ 著

定価 1,200円(税別)

(有)アートセンターサカモト 出版

お問い合わせ http://www.bios-japan.jp/toiawase.html

TEL 028-621-7006 / FAX 028-621-7083