アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「地域レポート」No.28

宇都宮地区労67年の記録 「歌を忘れたカナリアたちへ」出版

2年前の2021年に解散した宇都宮地区労(宇都宮地区労働組合会議)の活動を綴った『歌を忘れたカナリアたちへ 宇都宮地区労の軌跡』(田中一紀編・著、アートセンターサカモト)が出版され、7月28日、栃木県庁記者クラブで出版を報告する記者会見が開かれた。記者会見には、編著者の元宇都宮地区労事務局長・田中一紀さんのほか、編集に協力した元宇都宮地区労議長・石井万吉さん、解説と紹介文(帯)を執筆した宇都宮大学名誉教授・北島滋さんが出席。栃木県の地域労働運動に大きな足跡を残した宇都宮地区労の活動や、本書でも指摘されている労働組合の本来の役割について熱く語った。

編著者・田中さんたちが記者会見

記者会見会場には、作家・立松和平さんの長女で画家のやまなかももこさんが描いた表紙カバーの原画が飾られた。本書は表紙カバーと章とびらの絵をやまなかさんが描き下ろした。労働組合や労働団体の年史、団体史といった書籍では、かなり珍しい取り組みだ。

また、本書は宇都宮地区労が組織として発行したものではなく、長く宇都宮地区労に関わってきた田中さんが個人的な思いから出版を企画。田中さんは手持ちの資料を基に書き起こし、関係者への取材、対談も交えて編集した。こうした書籍では通常、組織としての見解、結論がまとめられることが多いが、本書では表面化しにくい関係者の体験談、裏話も含まれた実録的な編集になっている。これらも本書の特徴だ。

記者会見で田中さんは「宇都宮地区労が67年間どのような活動をしてきたか分かるようにデーターを多く入れ込んだつもりです。機関が作成したものではなく、あくまでも私個人が記録を残さないといけないという思いから企画しました。私が活動した時期を中心としていますが、労働組合とはどういう役割を果たしていたのか、地域労働運動というのはどういうものかということを私なりに考えて、まとめたつもりです」とアピールした。

宇都宮地区労は宇都宮市内の労働組合を中心に組織された団体で、加盟組合の連帯を深め、春闘や争議などの組合活動を支援し、労働者の権利擁護や地域活動、反戦平和活動など共通する課題に取り組んできた。1947~1950年に第1次宇都宮地区労が組織され、1954年に再建された第2次宇都宮地区労が67年間活動。2021年3月に解散した。

田中さんは1969年から宇都宮地区労に従事し、事務局次長を経て1984~2001年に事務局長を務めた。その経験から、記録を残すことは活動の証明であり、後世に伝えなければ次に生かせないと、記録の重要性にこだわってきた。その思いが本書の出発点となった。

編著者の田中一紀さん

機関紙活動の発展を支えた石井さん

編集に協力した石井さんは「地域労働運動の活性化のために宇都宮地区労の役員を務め、1980年代、労働運動の高揚期に宇都宮地区労を強化させようと活動してきました」と振り返った。石井さんは宇都宮地区労で教宣部長、副議長、事務局長などを歴任し、議長として最盛期の宇都宮地区労を牽引した後、宇都宮市議会議員4期、栃木県議会議員1期、計20年、議員として地方議会の場で活躍。「議員活動の姿勢としても、地区労のみなさんと一緒に活動してきたことが基本にある」と強調した。

石井さんは郵便局勤務から全逓(全逓信労働組合)の活動を通して宇都宮地区労に関わった。宇都宮地区労の大きな特徴として、機関紙が第3種郵便物の認可を取得し、さらに月3回と発行態勢を充実させたことで、郵送料、選挙期間中の紙面で大きなアドバンテージを得た。この第3種認可に大きな役割を果たしたのが全逓出身の石井さんだった。

本書は、宇都宮地区労が教宣(教育宣伝)活動、機関紙活動をいかに重視していたか詳述(第5章「宇都宮地区労の組織」)。その中で石井さんは「情報を末端まで届けるのは人間でいえば血液。機関紙はその役目を果たしていた」とコメントしている。

全国各地にある地区労組織の中でもトップクラスの機関紙発行態勢を誇り、他地域の地区労にも注目され、地域を越えた交流にもつながっていく。

石井万吉さん

北島さん「労働運動の未来を見つめる」

一方、外部から長期間、宇都宮地区労を見てきた北島さんは「もともと田中さんとは労働運動で共感するところがあり、帯に書くことはすぐ頭に浮かびました。『歌を忘れたカナリアたちへ』というタイトルには、地域労働運動の空洞化に対する懸念などが込められているのではないかと考えています。私の体験からも共感できる一冊。過去の歴史が書かれているが、歴史的記録書というだけではなく、未来を見つめる労働運動の著作ですので、若い方々にも読んでほしいという気持ちがあります」と本書の本質をズバリと解説した。

北島さんは宇都宮地区労が関わった労働争議でも積極的に発言してきた。宇都宮大学のゼミの学生を連れて宇都宮地区労事務局を訪ね、宇都宮の労働状況を調査した経験が田中さんたちとの交流の始まりだが、現場に足を運んで調査し、学生に現場で学ばせるのは、北島さんの一貫した研究、教育方針だった。

北島滋さん

労働者の権利、労働運動の現状は?

本書は、宇都宮地区労の活動の記録であり、現在の労働運動への提言でもある。田中さんは「昨今の状況については詳しくない部分もあるが、今の労働組合が組合員の生活と権利をどういう視点で捉えているのか伝わってこない。労働者の権利とはどういうものなのか。地区労運動で体験したことを紹介しながら参考にしてもらえればという気持ちで私なりに考え、この本の中で訴えたつもりです。そういう視点からすると、総評や同盟、中立労連などのナショナルセンターが統合されて連合になったので、現在の労働組合は労働者の権利行使について発言力が増し、もっと組合員や国民市民に広がって当たり前と思っていたのが、期待外れの状態になっているのではないかという思いもあり、労働者そのものが行き場を失っている感じが否めない。これをどうひも解いて、未来を開くのか。そういうことを考えていただく一つのきっかけになれば」と提言した。

労働者の権利は、簡単に言えば、憲法に基づいて労働基準法など法律的に保障されており、個人では言いにくいことでも労働者が団結し、労働組合を通して会社と交渉することができ、基本的には労働者と企業・経営者は対等の関係だ。こう主張する田中さんは「例えば、今、問題になっているビックモーターでも、ちゃんとした組合があれば、間違った指示や職場環境にモノ申すこともできる。労働者の権利は法律的には認められていても、組合が機能しないと団結して主張することができない」と指摘する。

本書では、こうした労働問題の現状に対する忌憚のない主張もところどころ展開されている。

争議支援、平和運動…具体的な記述

本書の内容は多岐にわたるが、田中さんがまずアピールするのは、争議関係を詳述した第1章「争議と地区労」だ。「争議支援が地区労活動の一つの柱。身近な問題として受け止められるか、労働者が立ち上がった具体的な事例を通して労働者の権利について考えています」と田中さん。

もう一つは第2章「反戦平和」。「なぜ労働組合が平和運動をやるのか」といった点も力を入れて説明されている。具体的には、原水爆禁止運動や沖縄平和行進での連帯などが取り上げられ、沖縄には「5・15平和行進」に毎年、メンバーを派遣。現地との交流が続いてきたことなどが綴られている。一方、地元では宇都宮空襲が忘れられていくなか、市民との連携で、市民団体「ピースうつのみや」の前身となる「宇都宮平和祈念館建設準備会」の立ち上げや、宇都宮市への「平和都市宣言」の提言といった実績などが説明されている。

また、第6章「全国地区労交流会」も田中さんが力を入れた部分だという。「全国との交流を深めたいとの思いもあり、視野を広げるためにも、各地の地区労の状況を知ったうえでやっていくことも重要でした。全国地区労交流会の発祥は宇都宮地区労が担ってきた歴史もあります」と強調する。

北島さんも「労働組合の方は選挙活動に熱心だが、労働者の生活を守る政策や政治の面からの支援のため、地方議員のレベルから重視してきた宇都宮地区労の姿勢がよく出ています(第3章「地区労と選挙」)。そして、何といっても、争議関係では宇都宮地区労が要となって動き、非正規労働者の闘いにも関係していることなどを読み込んでほしい」とアピールした。

執筆・編集の途中、2022年11月には田中さんが病気で半月入院する事態もあった。

石井さんは「田中さんが体の具合が悪い時期があったが、それを乗り越えて本書を出すことができた。地区労がなくなって本当に悲しいわけですが、何とかしなければならないという思いから田中さんが頑張ってくれた。本当に感謝しています」田中さんの苦労をねぎらい、本書出版を喜んだ。


『歌を忘れたカナリアたちへ 宇都宮地区労の軌跡』


書籍情報

書 籍 名:歌を忘れたカナリアたちへ 宇都宮地区労の軌跡

編集・著作:田中一紀

発   行:(有)アートセンターサカモト

〒320-0012 栃木県宇都宮市山本1-7-17

TEL: 028-621-7006 FAX: 028-621-7083

ISBN 978-4-901165-32-7

価格:2,200円(税込み)