アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「電子版パリ通信」No.27

羊皮紙デザイナー フランス名誉工房員-Anne-Lise・Courchay【アンヌ-リズ・クーシェ】-

数少ない皮紙職人として

パリ東に隣接しているモントルイユ市の友人のオープン・アトリエに招かれ、幾つかのアトリエを見て回ったとき、初めて羊皮紙で作品を作っているアンヌ-リズに会った。彼女は職人の工房のようなアトリエで、まるで修道女のような静かさとミステリアスな雰囲気で迎えてくれた。

「羊の皮に書かれた古代の本や巻物」。私の知っている羊皮紙に関する事はこの程度だった。日本ではほとんど馴染みがないが、フランスでも忘れかけられている羊皮紙。紀元前2世紀から17世紀頃まで使用されていた貴重な材料で、聖書、コーランなどの写本、公文書、楽譜などに用いられていた。最近ではイギリス王子の結婚誓約書が伝統に則り羊皮紙に記されたそうだ。それ以前の石、木、粘土板、パピルスに比較し軽量でしかも幾多の年月にも耐え、色付きの絵やインクの文字を鮮明に残すことができるのだった。その後は中国の紙製法が中近東を経て、16世紀には全ヨーロッパへ広がっていった。高価な羊皮紙から印刷技術の進歩と共に紙の文化となっていった。

「羊、仔牛、山羊、鹿、豚などの皮を使用します。昔ながらのやり方で石灰に浸し、木枠に張り伸ばします。それらを繰り返して乾燥させるという力の入る作業です。動物の皮なので当然高価になります」とアンヌ-リズ。

皮紙を造る職人が現在はとても少ないが、当然、使用することも限られているからであろう。彼女は数少ない皮紙職人としてまた羊皮紙デザイナーとして貴重な日々を送っている。

羊皮紙デザイナー、アンヌ-リズ・クーシェ

アトリエで

アトリエの作業台に羊皮紙で製作したコルセットが

人類遺産の相続者

アンヌ-リズは中央フランスに代々続くという羊皮紙製造工房ではじめて羊皮紙に触れた。すぐに羊皮紙の魅力に惹かれた。10年以上アーティストとして作品制作のための材料と戦った末、やっと自分の材料に出会ったという。

「2001年に工房で羊皮紙と出会った時は、今まで経験したことのない劇的な感動でした。パリに戻り自分の探していた制作のための材料はこれだと思ったのです。ここは日本でも知られているカンソンという絵画用の高級紙も作られていますが、夫(カメラマン)に話すと、夫はとても興味を持って『羊皮紙を作ってみたい』となんと工房に入って羊皮紙造りを学び、私の作品制作を後押ししてくれたのです」。羊皮紙造りの作業は体力を要する仕事だが、羊皮紙に魅せられて工房に飛び込んだという。

「私は羊皮紙デザイナーですが、この材料の長所がたくさんあることを知っています。つまりこれさえあれば仕事は何時でも何処でもできるし、壊れることもなく、天候にも関係しない。また、それぞれの動物の皮の違いからくる色の微妙さや、肌触りというか皮の感触もステキです。豊かな質感のある材料ですよ。難点は高価ということですね」と皮の説明には目を輝かせる。

「仕事をしている間もこの材料は変化をしていていつも同じ顔がなく、しなやかさと強さを持っているのです。この変化に触れながら、頑固な始末に終えない材料を手なずけているというのが本音です」と笑う。

この工房はまるで修道院のようであり、彼女はシスターのようだと伝えると「ほとんど動かないでアトリエにいますから。人やサロンもあまり興味がありません。羊皮紙は古代から続くものですから、それを扱う人は人類遺産の相続者です」とおごそかに自分に言い聞かせるように付け加えた。

皮紙のコルセット(後ろ)

棚には羊皮紙の作品が並ぶ

羊皮紙の書籍表紙

羊皮紙の作品

特定の所で特定の人びとの需要に応じて

「羊皮紙について新聞、映画でたくさん広報されてはいますが、多くの人々は関心がありません。私はそれでもいいと思っています。少数の人の理解で支えられているのです。私は指図されることなく、自分で選び、継続しているのですIndépendante(アンデパンダント 独立者)の立場はとても大事なことです」

羊皮紙の本をつくるのに大きさにもよるが50~100時間くらいかかるという。作業台の上には白、薄クリーム、薄こげ茶、グレーの色の羊皮紙が色々の形にカットされて置いてあった。何種類もの糊、筆、そしてプレス機械と共に、本の装丁、16世紀の型から取ったコルセット、模様細工、バック、装飾品などが制作されている。すべて世界に1点のみである。「ここは一人で仕事に熱中できるのでとてもいいですよ」

彼女は7年前からこのモントルイユ市のアトリエで仕事をしているが、12戸の天井の高いアトリエがあり、住まいは庭先に同様の造りの建物がある。50枚近い皮と羊皮紙が丸めて棚にあった。羊皮紙に普通の皮や金属を混ぜての作品もある。マネキンに作りかけの作品があった。

「この作品のプロジェクトは12月のニースのファッション・コンクールに出すための作品です。友人のスタイリストと制作しています」

アーティストやアーティザン(職人)は大変なうえ苦労が多いが「良い未来が見えてきているので、落ち込む暇はありません」と自信に溢れる声がかえってきた。

特定の所で特定の人たちの需要に応じて伝統も文化も守られて受け継がれてきている。彼女の大変な苦労は報われて、2003年にかの有名な「リリアンヌ・ベタンクール・手の聡明賞」受賞に輝いた。

リリアンヌ・ベタンクール:フランス第3の富豪。女性としては世界一の富豪。1922年フランス生まれ化粧品会社のロレアルの創業者の一人娘。

アンヌ-リズの作品がある館

筆者トモコ・オベール(右)とアトリエで

TOMOKO K. OBER(パリ在住/画家・ミレー友好協会パリ本部事務局長)

TOMOKO KAZAMA OBER(トモコ カザマ オベール)

TOMOKO KAZAMA OBER(トモコ カザマ オベール)

1975年に渡仏しパリに在住。76年、Henri・OBER氏と結婚、フランス国籍を取得。以降、フランスを中心にヨーロッパで創作活動を展開する。その間、78年~82年の5年間、夫の仕事の関係でナイジェリアに在住、大自然とアフリカ民族の文化のなかで独自の創作活動を行う。82年以降のパリ在住後もヨーロッパ、アメリカ、日本の各都市で作品を発表。現在、ミレー友好協会パリ本部事務局長。

主な受賞

93年、第14回Salon des Amis de Grez【現代絵画賞】受賞。94年、Les Amis de J.F .Millet au Carrousel du Louvre【フォンテンヌブロー市長賞】受賞。2000年、フランス・ジュンヌビリエ市2000年特別芸術展<現代芸術賞>受賞。日仏ミレー友好協会日本支部展(日本)招待作家として大阪市立美術館・富山市立美術館・名古屋市立美術館における展示会にて<最優秀審査賞>受賞。09年、モルドヴァ共和国ヴィエンナーレ・インターナショナル・オブ・モルドヴァにて<グランプリ(大賞)>受賞、共和国から受賞式典・晩餐会に招待される。作品は国立美術館に収蔵された。15年、NAC(在仏日本人会アーティストクラブ)主催展示会にて<パリ日本文化会館・館長賞>受賞。他。