アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「電子版パリ通信」No.9

造形作家、舞台女優、ダンサー、衣装デザイナー-Claire Toulouse【クレール トゥールーズ】-一瞬のエキリーブルの為に、人生を豊かにさせる考えや行動を引き継ぐ

「私のやっている表現制作の全てに共通する事は、動と不動です」と語るクレール・トゥールーズ。この一言で、絵画をはじめ多数の表現制作をする彼女の芯が理解できたような気がした。

現在の絵画の流れは平面だけではなく、立体、浮彫、接着。音、光、映像。地上、水中、空中。これらを利用し、広がりと複雑な形態を帯びてきている。今までの制作概念を打ち破ろうとするアーティストの動きはすでに19世紀には出ており、それが21世紀に出尽くされると思われる。つまりア-トの概念が総合的になっており、画家、彫刻家、云々の範囲に収まらなくなってきている。フランス語でアート・プラスティック(思うままの形に作り得るの意味。つまり造形芸術) の分野が現代アートの世界的な流れになって来ている。

クレールの場合、本人がダンサーでもあるので、身体を表現した作品が多い。材料は木、布、金属等、もちろんキャンバスにも。色彩は限られた少ない色かモノトーンで踊る人を抽象化、単純化し、それをさらに浮き出るように作られている。作品を見てゆくと彼女の中で複雑な作業を経て、これらが作られてきているのが分かる。

仮面・衣装の創作

パリのセンスを磨く

クレールは約15年ほど前、私の企画するグループ展に参加した。彼女は無口で、いつも静かな笑顔を浮かべていた。自己主張するフランス人やヨーロッパのアーティストに慣れている私は、彼女との意思疎通が難しかった。

パリではただ単に作品を発表するのではなく、必ず作者が自分の作品を説明する。つまり作品と作者を一緒に見て評価している。観客は歌手が歌うのを聴くだけでなく、歌手の顔、体、動き、身につけているもの、髪型、全てを見て感じとる。

アーティストも同様で、人々は作品を見、そして作者と直接話を聞いてもっとよく分かろうとする。その時、服装や髪形、靴、バッグ等なめるように見られる。この「見る・見られる」の関係がパリのセンスを磨いているといえる。

3代目のパリジェンヌであるクレールは「私はとてもティミィドゥ (内気)なんです」(これは奥ゆかしさにも通じるが、信頼できて初めてドアを開けるようなフランス人特有なニュアンスもある)と言っていたので、インタビューに少し不安があった。彼女は会場で背筋を伸ばし、立っているときの足の置き場がバレリーナのようであったが、これは後ほどダンサーでもあることが分かった。

ステージで当然見られることに慣れている彼女は、いつも凛としてたたずんでいた。

サンルイ島自宅の庭で

何かを作り出す環境で

「おばあさまはピアニストで声楽家でもありました。私はおばあさまから最も大きなエネルギーを受け継いだと思っています。絵は幼い頃から描いていました。クラシックダンスはロシア人であるオルガ・トゥルクマノヴァという素晴らしい指導者からレッスンを受けました。エンジニアであった父はダンスがとても好きでしたから、父から影響を受けてクラシックダンスを習ったのです。父はダンスの他にもいろいろなジャンルに秀でていた人でした」

周囲の親族には作家や家具職人等もいて、母はいつも子どもたち(4人兄弟姉妹)の服を楽しそうに手作りしていた。子どもの頃から何かを作り出す環境に置かれたのも「今の自分を形成していると思う」と話す。エコール・ルーヴルで美術史を学んだが、後に絵画の修復の専門学校で学び優秀賞のメダルを受賞している。

現在、彼女は3人の子どもを育てながら、絵画、舞台活動、女優、衣装デザイナーと、表現の場を広げて、それらをやり続けてきた。何と大変なことだったろうか!しかし、「子どもたちからエネルギーをもらっているのよ」と、近くにいた長女の肩を寄せながら、笑顔でサラリと言った。「結婚して30年になります。昔は大変だと思ったこともあったけれど、今は自由ですね」

夫と息子はドラム。娘たちはピアノ、ダンスと音楽一家。7年前にパリの東のモントルイユに引越し、自分たちで2つのアパートを繋げて1つにする大工事を行った。地下は自由に楽器演奏ができるスペース。キッチンと隣接して自分のアトリエを作った。2階への螺旋階段や裏庭のティースペース等、彼女の好みの色で素敵な空間ができていた。彼女の自由な世界、そのあちこちに彼女の大好きなパリの「鉄の貴婦人」エッフェル塔が置いてある。

庭シリーズの作品

友情は大事な力

「絵もいろいろな材料を使って作ります。これは全ての材料に興味があるからです。毎年クリスマスシーズンは紙にインクやパステルでカードも作ります。絵画もダンスも平行を保つギリギリのリミットがあると思います。しかも一瞬だけ。EXPOの時私の絵をかけるという事は、“一瞬のエキリーブル(平衡)”を意味しています」。彼女の絵は木を使った半レリーフで人体、中でもダンサーが多い。紙の材料での作品も好んで作っている。「ブリコラージュ(自由に何でも作る)で便利」と。

舞台での仕事の為、週3回はジムで体を鍛えて身体が鈍らないようにしているという。「若いころより身体の動きがうまくいくようになりました。これはエネルギーの使い方が分かってきたからです。今50歳ですが、20歳の身体のようです」。定期的に月に何回かは、パリの小劇場に出演している。特に子どもたちへのメッセージがこめられた舞台には力が入る。子どもたちに演技を指導し、企画公演もしている。

「私は大きな野望などありません。一歩一歩行くことが進歩であり、成長することだと思っていますから」と、しっかりと大地に足をつけて、日常の生活を大切にしていてこそ表現できるという。

「尊敬するアーティストはなんと言ってもルイーズ・ブルジョワです。親子関係の不均衡から彼女独特の作品を造ったのは,やはりルイーズなりのエキリ-ブルを求めたのでしょう」。私はルイーズの展覧会をパリのポンピド-センターで観た。彼女は99歳で亡くなり、97歳まで作品を造り続けたアーティストである。

クレールの話しを聞いていて、フランス人の女性アーティストの息の長い創作への道の決意や、親から子への目立たないが、人生を豊かにさせる考えや行動が、しっかりと引き継がされていることを感じさせられた。「そして何よりも友情は大事な力になります。だから、グループ展や団体展ではいろいろなアーティストに出会えるのがとても楽しみです」

ルイーズ・ブルジョワ(Louise Bourgeois/1911-2010年)フランス・パリの出身のアメリカの彫刻家。ソルボン大学(数学)で学んだ後エコール・デ・ボザール他多数の美術学校学ぶ。1983年アメリカ人(美術史家)と結婚、ニューヨクに在住した。82年、72歳でニューヨーク近代美術館にて個展、再評価される。90年から巨大な蜘蛛をかたどったブロンズ像『Maman』は世界的に有名。ニューヨークのグッゲンハイム美術館、ロンドンのテート・モダン、東京の六本木ヒルズの各地で展示。2010年5月マンハッタンで亡くなった。

庭シリーズの作品

日本の着物を羽織るカトリーヌ

TOMOKO K. OBER(パリ在住/画家・ミレー友好協会パリ本部事務局長)

TOMOKO KAZAMA OBER(トモコ カザマ オベール)

TOMOKO KAZAMA OBER(トモコ カザマ オベール)

1975年に渡仏しパリに在住。76年、Henri・OBER氏と結婚、フランス国籍を取得。以降、フランスを中心にヨーロッパで創作活動を展開する。その間、78年~82年の5年間、夫の仕事の関係でナイジェリアに在住、大自然とアフリカ民族の文化のなかで独自の創作活動を行う。82年以降のパリ在住後もヨーロッパ、アメリカ、日本の各都市で作品を発表。現在、ミレー友好協会パリ本部事務局長。

主な受賞

93年、第14回Salon des Amis de Grez【現代絵画賞】受賞。94年、Les Amis de J.F .Millet au Carrousel du Louvre【フォンテンヌブロー市長賞】受賞。2000年、フランス・ジュンヌビリエ市2000年特別芸術展<現代芸術賞>受賞。日仏ミレー友好協会日本支部展(日本)招待作家として大阪市立美術館・富山市立美術館・名古屋市立美術館における展示会にて<最優秀審査賞>受賞。09年、モルドヴァ共和国ヴィエンナーレ・インターナショナル・オブ・モルドヴァにて<グランプリ(大賞)>受賞、共和国から受賞式典・晩餐会に招待される。作品は国立美術館に収蔵された。15年、NAC(在仏日本人会アーティストクラブ)主催展示会にて<パリ日本文化会館・館長賞>受賞。他。