知事さんは今朝も5時に目覚めた。外はまだ暗く寒い。ベッドに腰かけて思う。今日は何人の県民が熊にやられ何人が詐欺にあうだろうか。大昔、神(じん)功(ぐう)皇后は南九州の抵抗勢力だった熊襲(くまそ)を征伐し、余勢を駆って朝鮮半島まで下した。詐欺的騙し作戦もあったらしい。史実かどうかはともかく、熊と熊襲も直接関係ないとはいえ、熊は当時から厄介な動物だった。それなのに丁寧かつ厳しく注意しても県民は毎日熊にやられ詐欺に引っかかる。挙句にインフルエンザの大流行。いつまで続く泥濘(ぬかるみ)ぞ…。
知事さんは昨夜、司馬遼太郎の『愛(あいる)蘭土(らんど)紀行』を読んで英国の泥棒に舌を巻いた。ある人が自宅前に止めてあった車を盗まれた。ところが数日後に車は元の場所に戻り座席に手紙があった。「急用のため無断拝借して申し訳なかった。お詫びにご家族6人分のオペラチケットを同封したので楽しんで来て下さい」。喜んで出かけた家族が帰宅すると家の中は空っぽ。英国では空き巣から身を守るのは自分であってポリスではない、やられたのは被害者のミスだそうだが、熊被害をミス扱いできるものだろうか。
知事さんは毎朝5時半から自宅周辺を20分弱歩く。約2千歩だ。戻ると妻を起こさぬよう静かにコーヒーをいれ自室に入る。今日は生成AIで米国の熊対策を調べた。熊を見かけた程度なら麻酔銃などを使い山へ返すが、人が襲われた、その恐れありとなると警察や保安官がその場で即射殺とある。捕獲したら安楽死。隣のカナダでも人に危害を加え人の味を覚えた熊は直ちに屠る。豪州も調べた。野生の熊はおらず被害の可能性は動物園かサーカスとある。
知事さんはテニス友から先週こんな話を聞いた。友が畑仕事をしていたら隣家の甘柿の根元で子熊が1頭、登るに登れず爪を立てていた。2日前、付近で親熊と子熊が箱罠に入り処分されたことを知っている友は、目の前の生き残りを哀れに思い「われと来て遊ぶや親のない子熊」と一茶風に詠んだ。貰い泣きする知事さんのスマホが鳴った。自宅付近に熊が出たという。時々立ち寄る居酒屋の散歩コースだ。首都圏に住む子らはニュースを見て散歩をやめろとラインで言ってくる。アホども、心配するより帰郷して人口回復に寄与しろ。一句ひねる。「子も熊も都へ出たら戻らない」―友より駄作だ。
今朝、近所の後援会長が「知事が熊や詐欺にやられたらお話になりません。朝の散歩は自粛して下さい」と注意に来た。やれやれ。代々木にお住いの大学の恩師95歳から先日「クマがなくお過ごしですか?」とお便りが届いた。ツツガムシ病が多かった昔は「つつがなくお過ごし…」だった。知事さんは「安心安全ばかり求めて冒険心も信念もなく、ないことを疑う理性もなく、薙刀や吹き矢で立ち向かう気概もなく、民草はタガが緩んでおります。身捨つるほどの祖国はありや―」と返事を書き大きな溜息をついて今日も庁舎へ向かう。(2025-12-11)
晩秋の武家屋敷(秋田県角館)
横手のイチョウ並木(秋田県流域下水道横手処理センター)
霜月最初の満月の夕刻に
初孫が生まれた。ありがた山のハプニング
マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや(寺山修司・宇野亞喜良展より)

