昭和63年に私が秋田県角館町の病院に着任した翌日、「チバだ」という電話が病院にあった。「オメのことは友川(カズキ)から聞いでる。吞むべ」という。十和田、奥入瀬、八甲田など北東北の写真で既に著名、北海道富良野のラベンダーや秋田県西木村のカタクリ群落を写真の力で世に知らしめた写真家の千葉克介氏だった。その後よく呼び出され交友を続けていたある日、私は角館町長に呼ばれる。「君は克介とよく飲んでいるそうだが、あの呑み助は評判がよくない。ほどほどに」と苦笑交じりにいわれ、その夜も彼とジャズを聴きながら飲んだ。
昨年1月、千葉さんは78才で逝去。秋田魁新報「メモリアル」で追悼した小松嘉和記者は、「彼の魅力は大胆な構図で切り取った自然の造形美」と称賛する。2004年に銀座『秀友画廊』で開催の個展会場で森岡恭彦先生は「霧、靄(もや)、濡れた岩肌。水分が特徴だね」と感想を述べ、本人も「水は命の源。輪廻転生が私のテーマです」と応え2人の似た感性に驚いた。
写真だけではない。マタギ文化など民俗学にも造詣の深い人であった。還暦の2007年、印刷用紙フレスコジグレー開発の完成直前に脳梗塞を患い、やがて車いす生活に入ったが2019年1月に韓国で写真展を開き、8月には秋田市アトリオンにて韓国凱旋写真展と最後の著書『消えた山人~昭和の伝統マタギ~』出版記念、神戸のデザイナー江藤久子氏とのコラボ展を開催し高く評価された。
10年前に奥様が亡くなっている。ご夫妻と親しかった江藤氏の手紙に「無頼の夫を支えられた長い心労は如何ばかりだったか。翳(かげ)りのある奥様の表情が忘れられません。人の感動を呼ぶ作品は命懸けの果てなき時間の賜物。身を案じ、待つ忍耐の上に作品が…」とあり、事実、奥様は生前、夫とは別の墓に入りたいと話していた。「俺は土に還る」が口癖だった彼の納骨の日、「奥さん同じ墓でごめんね。千葉さんコンクリートの床で残念」と私は合掌した。
「イエスキリスト、故郷に受け入れられず」という言葉ある。息子さんが小学生のころ「先生がね、君のお父さんは角館ではただの呑み助だけど、東京では有名人だよって。ほんと?」というので爆笑した。わが愛すべき呑み友の芸術を育んでくれた角館と、小田野直武の秋田蘭画や平福百穂などの奥深い文化に彼もまた貢献したのは間違いない。回顧展が7月1日から3か月間、仙北市角館の平福記念美術館で開催される。<2026.6.30>
ブナ大樹(千葉克介)
レンゲツツジと鳥海山(千葉克介)
かたくり群落 (千葉克介)
秀友画廊・左から千葉氏、森岡先生、平福貞文氏(百穂の末子)、筆者、金田英雄大学書房社長(自治医大アートインホスピタルに千葉作品を常設展示)
江藤久子・千葉コラボ展(2019年8月 秋田市アトリオン)
『消えた山人 昭和の伝統マタギ』千葉克介 著
7月1日にオープンする写真展のポスター

