アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「精神科医のニア・ミス」No.98

動物会議 ~チコ、3か月、赤く可憐に咲いて~

小学校の頃、学芸会で『動物会議』という芝居をやった。私は犬、友人は猿。この主役2匹は文字通り犬猿の仲だ。何か不正を働いた猿を会議で犬が糾弾するのだが、勝ち誇った犬が「こやつは…」と指さす先に座る猿は、舌を上の歯の下に入れ右手で頬をかきかき犬の方を振り返る。その仕草に犬のみならず猫も狸も爆笑してしまい次のセリフが出ない。何度繰り返しても稽古はそこで中断し、自己嫌悪に陥った犬はすっかり犬嫌いになってしまった。

前回、犬っこまつりについて書いたばかりだが、また犬だ。3月24日、栃木から秋田へ帰る新幹線の中で異様な気配を感じた。いつも騒がしい家族のラインが沈黙し、秋田駅へ迎えを頼んだメールにも応答がない。やむなく秋田駅で大久保へ向かう電車に乗り換えたところでやっとラインが動いた。と、そこに見たことのない犬の写真が載っている。しかも饒舌な娘たちのコメントがない。大久保駅へ迎えに来た妻も沈黙である。

翌夕、仕事を終え、医師会報を編集して居間に戻ったらチワワのジヨンも含め誰もいない。1人で缶ビールを飲んでいると8時過ぎに全員戻った。昨日ショップで見つけた小さなチワワが気になってまた見てきたという。昨日の今日、何を今更と言ったら、意を決した長女が口を開いた。「ジヨンには妹が必要です」「必要ない。ジヨンで間に合っている」私は一蹴した。

更に翌夕、終業後また会報を編集し7時過ぎに帰ったらまた犬1匹いない。大相撲千秋楽の録画を見ながら酒を飲んでいると8時ころ全員戻った。「ちょっと見て」と長女が玄関に私を呼ぶ。獣医大の末娘がラインで見た小さくて真っ黒いチワワを抱っこしていて「チコ。生後3か月」というが、ちょっと待て。「父は許可していない。この家の主は誰だ!」というと長女は「ジヨン、お父さんがご主人だって知ってた?」と卑劣にもジヨンをダシに使う。親父の権威も最近は廃用委縮だから仕方ない。新入りのチコ、ちょっとはかわいいかねジヨン? 唸るな、お前がボスだ! 家族会議を開きジヨンの地位を確認した。

1 咲き初めの栃木の桜を背に秋田へ帰ると…

2 はじめまして チコ、花も恥じらう3か月です

3 ポピーのように紅く可憐に咲いてみせます!

4 うるさそうなのがきやがった~ジヨン~

5 チコ、お昼寝の作法から学びま~す

6 ブルーメッセのチューリップが平成にサヨナラと咲き誇っています。明日はどっち?

尾根白弾峰

尾根白弾峰(佐々木 康雄)

旧・大内町出身 本荘高校卒

1980年 自治医大卒

秋田大学付属病院第一内科(消化器内科)

湖東総合病院、秋田大学精神科、阿仁町立病院内科、公立角館病院精神科、市立大曲病院精神科、杉山病院(旧・昭和町)精神科、藤原記念病院内科 勤務

平成12年4月 ハートインクリニック開業(精神科・内科)

平成16年~20年度 大久保小学校、羽城中学校PTA会長

プロフィール

1972年、第1期生として自治医科大学に入学。長い低空飛行の進級も同期生が卒業した78年、ついに落第。と同時に大学に無断で4月のパリへ。だが程なく国際血液学会に渡仏された当時の学長と学部長にモンパルナスのレストランで説教され取り乱し、パスポートと帰国チケットの盗難にあい、なぜか米国経由で帰国したのは8月だった。

ところが今の随想舎のO氏やビオス社のS氏らの誘いで79年、宇都宮でライブハウス仮面館の経営を始めた。20名を越える学生運動くずれの集団がいわば「株主」で、何事を決めるにも現政権のように面倒臭かった。愉快な日々に卒業はまた延びる。

80年8月1日、卒業証書1枚持たされ大学所払い。退学にならなかったのは1期生のために諸規則が未整備だったことと、母校の校歌作詞者であったためかもしれない。

81年帰郷、秋田大学付属病院で内科研修を経てへき地へ。間隙を縫って座員40名から成る劇団「手形界隈」を創設、華々しく公演。これが県の逆鱗に触れ最奥地の病院へ飛ばされ劇団は崩壊、座長一人でドサ回り…。

93年に自治医大の義務年限12年を修了(在学期間の1倍半。普通9年)。2000年4月、母校地下にあった「アートインホスピタル」に由来した名称の心療内科「ハートインクリニック」開業。廃業後のカフェ転用に備え待合室をギャラリー化した。

地元の路上ミュージカルで数年脚本演出、PTA会長、町内会や神社の役員など本業退避的な諸活動を続けて今日に至る。

主な著作は、何もない。秋田魁新報社のフリーペーパー・マリマリに2008年から月1回のエッセイ「輝きの処方箋」連載や種々雑文、平成8年から地元医師会の会報編集長などで妖しい事柄を書き散らしている。

医者の不養生対策に週1、2回秋田山王テニス倶楽部で汗を流し、冬はたまにスキー。このまま一生を終わるのかと忸怩たる思いに浸っていたらビオス社から妙な依頼あり、拒絶能力は元来低く…これも自業自得か。