アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「栃木のステキ」No.18

ピアニスト 齋藤文香/篠崎のぞみ

ドイツとウィーンの留学を経て活躍している新進ピアニスト2人が、3月3日に宇都宮市にある栃木県文化センターでピアノデュオコンサートを行う。輝くばかりの若さと情熱でクラシック音楽としてのピアノ演奏を披露すると同時に、新たな時代のピアノの世界を切り開いていこうとしている。

2人の演奏が重なり合って新しいものが生まれる

「私たちは出身が地元の私立中学校で一緒でした。のぞみさんは私の妹と同級生だったのです。お互いに留学していたので、のぞみさんのことは知っていました。私が先に帰国して宇都宮市で帰国記念コンサートを行った時に来ていただいて、それで一緒にやりませんかと声をかけたのがきっかけでした」と明るく活発に話す齋藤文香さん。

「帰国記念コンサートの記事を新聞で見て、文香さんが帰国されているなら是非お会いしたいと思って伺いました」とやわらかなムードの笑顔の篠崎のぞみさん。

2人のピアノデュオは2回目。それぞれの個性がふくらんだ会話から、ソロよりもさまざまな困難があるデュオにあえて挑戦する意味を伺い知る。

「週間に一度くらいは合わせをしています。お互いの呼吸感を合わせるのが難しいのです。ピアノの限られた場所で2人でぶつかりながら挑戦しています」

「それぞれの持ち味を出せるというか、2人の演奏が重なり合って、新しいものが生まれるような実感がありました。同じタイプでもつまらないのでちょっと刺激し合えるような2人の演奏で、合わせたときにすごく新鮮で楽しかった」

「挑戦してみてよかったと思っています。4つの手が使えるので音の幅も広がります」

タイプの違う2人のピアニストが互いをぶつけながらも調和をとり1つの曲を完成させる。ソロと異なる音の世界に魅せられて第2回目のデュオコンサートを企画した。

「ピアノデュオ自体が少ないと思うので、第1回目の時もお客様も結構楽しんでいただけたかと思っています。デュオも楽しいということを知ってもらいたかった」と、2人のデュオ演奏への思いは尽きない。

2人のピアニスト齋藤文香さん(右)と篠崎のぞみさん(左)

取材を受ける文香さんとのぞみさん

留学で音楽観も変わって成長できた―斎藤文香さん―

「私は覚えていないのですが、ピアノをはじめたのは3歳です。母によるとどなたかのピアノの発表会を見に行って『私もやりたい』と言ったのがピアノを習う始まりだったようです。しかし、ピアノを仕事にするとは全然思っていなかったので普通高校に進学したのですが、高校3年生のときに『ピアノを専門に勉強したい』と思って東京藝術大学に入りました。卒業後どうしようかと考えていたときに師匠だった伊藤恵先生に『ドイツに私と同期だった素晴らしい先生がいるので留学してみたらどうですか』とおすすめされました。それから受験をして門下に入りました。ドイツの南にあるフライブルクというスイスとフランスの国境付近にある暖かいところでした。修士課程なので2年間学んできました」

「理論的に教えてくださる先生だったのですごく刺激的で、それこそ私が求めていた教え方でしたので、私の音楽観も変わって成長できたのではないかと思っています。志が高い学生がたくさんいたので切磋琢磨できたというか、音楽に浸っているという私にとってすごくいい環境でした。自由に音楽を楽しめる環境が向こうは整っています。国を挙げて支援しているので、とてもやりやすかったですね」

「イスラエル出身の先生でドイツ語はぺらぺらですが、ドイツ語は学んで修得した方なので、言葉の壁にぶつかっていることを理解してくださっていました。レッスン中は電子辞書を置かせていただいて『分からなかったら辞書をひいていいよ』って、それで何とか意思疎通を図っていました。周りのサポートがないと最初は本当に難しかったです」

「修士だったので大学ほど単位は必要なくて、演奏、レッスンのほうが重視され、卒業試験のほうが大変でした。3つ演奏試験があって、ソロリサイタルの試験とピアノコンチェルトの試験、レパートリー試験という3つの試験をパスしないと卒業できないのです」

「ドイツに残りたい気持ちが強かったのですが、日本ではピアノを仕事にしなくてはならないので、考え方を変えて、自分が楽しむだけではなくて『お客様をどうやって楽しませようかな』ということに視点を置いています」

恩師のギリアド・ミショリ氏と文香さん。卒業試験後、2人で満点の24点のポーズで

第5回マッサローザ国際ピアノコンクールにおいて、第2位の受賞式―文香さん

齋藤文香さん

留学で学んだものを演奏を通じて伝えたい―篠崎のぞみさん―

「母が子どもの頃にピアノをやっていたようで、アップライトのピアノが家にありました。『ちょっと弾いてみようかな』って感覚で、小さいころはいつも遊びながら弾いていました。ピアノを習い始めたのは5歳の頃だったのですが、ピアノが好きで仕事にするとかは考えずに、ただ弾いていましたね。留学のきっかけは中学3年生の夏休みに、ウィーンで初めて講習会を受けましたが、その時にすごくいい先生に出会うことができました。ウィーンの空気も自分にあっていて、こういうところでピアノを勉強できたら良いなって思いました」

「高校入ってからもウィーンの大学に行きたかったので、高校の3年間は留学のことしか頭になかったですね。周りには全く留学している人がいなくて、最初はかなりいろいろな決断が必要でした。しかし、講習会を受けたときのウィーンの印象が強く、不安よりもウィーンで勉強したいという気持ちが増して、だめでも試験に挑戦したいという気持ちが強く留学を決心しました」

「ウィーンでの学びは思っていたよりずーっと刺激的で、私自身には本当に合っているところでした。もちろん18歳でしたからいろいろ大変なこともありました。大学の単位を4年間分とらなければいけなかったから、多少ドイツ語を勉強してから留学しました。言葉が通じない分アクションを起こすようにしていましたが、音楽とつながるかは分かりませんが、『伝える』という面では日本にいた頃よりも積極的な性格になれたのではないかなという気がします。振り返ってみても、留学して本当によかったと思うことばかりです。最も良かったと思えることは恩師に出会えたことですが、昨年の帰国記念コンサートにはゲストとしてお迎えすることができて幸せでした」

「もともと留学したこともクラシックの本場で直接感じて自分なりの音楽を何かひとつでも得たいという思いでした。しかし、それ以上に得るものは大きく、良い先生にも出会えて素晴らしい音楽の世界を教えられました。まだまだ未熟者ですが、留学の4年間で学んだものを、演奏を通じて伝えられたらと思っています」

篠崎のぞみさん

恩師カール・バースご夫妻とのぞみさん

ウィーン留学時代のコンサートでーのぞみさん

気軽にクラシック音楽が聴ける場を

2人のピアニストの地元栃木県宇都宮市では、市民がクラシック音楽を生で聞く場所も機会も少ないと思うという。

「もっと気軽にクラシックを楽しんでもらえる場を作っていけたらいいなと思っています。市内にグランドピアノがあって演奏できるという場所が少ないですね。サロンくらいの規模でいいのですが、そういうスペースが増えて頻繁にコンサートが出来たら幸せですね。正装して気合を入れてコンサート会場に行くのもたまにはいいと思うのですが、気軽に立ち寄ったら、ピアノの音が流れていたくらいの空間が市内に増えたらいいなと思っています」

地元での需要も活動の場も少ないので、どうしても東京都内に出て活動をする音楽家が増えているという。また、音楽家がコンサートなどに招かれるのも都内が多いので、地元で活動するには、音楽家たちが自主的にコンサートを開催して、積極的に活動していこうとしなければクラシック音楽は根付かないと話す。現実的には告知から集客まで音楽家が一人でやらなければならないので、他楽器との共演、楽団などとの共演をした方が良いのではないかと、試行錯誤しながら自主コンサートを企画しているという。

「何よりも家族の応援がないとやっていけないですね。ピアノ教室にしても実家の一室にピアノをおいて開いていますので、ありがたいと思っています」

2人のデュオコンサートのある3月3日は、日本では「ひな祭り」で女子の健やかな成長と幸せを祈る節句の日。曲はデュオの有名な曲と共に「ひな祭り」にあった曲を選んで演奏するという。

文化はこのような若い志あるアーティストたちが、過去の偉大な芸術を継承しながら模索しつつ新たなものを築き上げていく。バトンタッチがうまくなされてこそ地域の文化は保たれるのだが、そのための周囲の支えと協力は惜しみなく成されていかなければ滞ってしまうことは理解できる。2人のピアニストの10年後を楽しみにしつつ、会場に向かうのもよい。気軽にコンサートに足を運ぶのも文化的貢献の一つといえるであろう。

第1回ピアノデュオコンサートで、イラストはのぞみさん作

デュオコンサートで

デュオコンサートで

齋藤 文香

東京藝術大学卒業。ドイツ・フライブルク音学大学大学院修了。マッサローザ国際ピアノコンクール(イタリア)第2位等、国内外にて多数受賞。

篠崎 のぞみ

オーストリア・ウィーンコンセルヴァトリウム私立音楽大学を卒業。現在、作新学院大学女子短期大学部の非常勤講師。