アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「伝統と文化―下野手仕事会―」No.40

下野手仕事会 展示即売会開催 「下野しぼり」の伝承者、諏訪ちひろさんに聞く

下野手仕事会の展示即売会が、このほど、栃木県立博物館1階エントランスで開催されました。展示即売のほか会員による烏山和紙、小砂焼きなどの実演も行われました。

今回は、和紙にしぼり加工を施し布のような手触り、木や革のような風合いを醸し出す「下野しぼり」の伝承者である諏訪ちひろさんに、下野しぼりの魅力、伝統技能への思いなどを聞きました。


父親が「しぼり和紙」の制作技法を復元

奈良時代、下野薬師寺に赴任してきた弓削道鏡によって伝えられたと言われています。江戸時代までは農家の農閑期の仕事などで、盛んに作られていたそうです。

古来、僧侶など神職が儀式の時に身につける和紙の衣裳「紙衣」の素材を柔らかくする技法だったのですが、江戸時代には、農家の人たちが普段着として着る服のために下野しぼりの和紙が使われるようになったと伝えられています。また、まげに使うかもじ(添え髪)や裃(かみしも)の下地など、柔らかい和紙が必要なときに、この技法が使われたそうです。

明治期になって、だんだんこの技法が使われなくなり忘れ去られそうになっていたのを、戦後、父と母が復興させました。父が曾祖父から作り方を聞き、復元させました。母は、下野しぼりの和紙を使って人形を作れば、この技法を次の世代に残せるのではないかと考え、下野人形(ひとがた)を作るようになりました。

元々は人が身につけるものとして下野しぼり和紙が使われていましたが、人形の着物として、また顔を作ったり、いろいろな小物を作ったりするのに適した素材ですので、そういうものの一番良い材料として残ったということです。

父が下野しぼりを復元させた頃は、日本酒の特級酒用の包装紙や甘栗の袋、お店で出されるナプキンなどに使っていただきました。当時、口を拭くナプキンには硬い紙が使われていましたので、下野しぼりの柔らかいナプキンは大変喜ばれたそうです。キャバレーやフランス料理店などで利用されていました。

その後、エンボスのある柔らかい紙を機械で製造されるようになると、下野しぼりの需要が激減しました。手仕事では機械化に勝てません。需要がなければ作り続けていくことはできません。父も母も、何とか下野しぼりの良さを伝えていきたいという思いが強く、考えついたのが下野しぼりを使った人形の制作です。人形の元になったのが平安時代から伝わる流し雛の人形「ひとがた」です。それで、人形なのに「下野人形(しもつけひながた)」と呼ばれているんです。下野人形は海外でも高い評価を得て、フランス、ドイツ、スイスなどで展示会が開催されています。

単なる家業ではなく、小山市の文化であることを認識

柿渋を施した型紙に色や模様をつけた和紙を挟み、足で踏んでギューギュー締めつけます。それを棒に巻き付け、てこを利用したしぼり台にセットし、体重をかけて圧迫しながらしわをつける作業を繰り返します。とても重労働です。この技法は、伊勢、名古屋、東京などにも残っていますが、最初に下野しぼりが復元され、その技能が残ったからこそ各地で復元させることができたそうです。

一子相伝のしぼり和紙の技法をひとり娘の私が継ぐしかなかったのですが、父は継がなくていいと言いました。やはり、この仕事で食べていくのは厳しいということもあり、「作り方だけ覚えて、この技法を必要とする人が出てきたら教えてあげればいいから」と言われていました。

継ごうと思うようになったのは、下野しぼりや人形の魅力をいろいろな方から聞かされ、伝統技能を継承していくことの大切さを感じたからです。

大学進学のため小山市を離れ東京に住むようになってから、転勤などで小山に住んだことのある人たちと話をすると、必ず下野人形の話になりました。「小山には良い人形があるよね」と。

新幹線でたまたま隣の席に座った方から「小山に出張に行ったのですが、人形が飾ってあって、それがとても良かった」と話しかけらました。「それ、うちの人形です」と応えると、「それは素晴らしい」とほめられました。しぼり和紙の人形の良さに気づかされました。

下野しぼりは、ただの諏訪家の家業ではなく、小山市のアイデンティティ、小山市の文化だという気がして、そういう技術は残さなくてはいけないと思いました。

父が亡くなったときは、心細かったです。作り方はすべて伝授されていましたが、実際に私にできるのか、不安でした。父に関わった人たちが「お父さんがここまで頑張ってきたものを、あなたが継ぐなら応援する」と言ってくれました。そういう気持ちが周りの人たちにあるのならば、やらなきゃいけない、やらせてもらおうという気持ちになりました。

貴重な伝統技法が残り続けるために

和紙であるけれど、しぼりを入れることで布や木、革のようにも使うことができます。そういう自在なところ、使い勝手の良さが「下野しぼり」の魅力です。もう一つは、やはりしわの美しさです。他にない独特なしわを出すことができます。これは、手仕事である下野しぼりの良さだと思います。

この仕事を引き継いでいこうと決めたときの気持ちは忘れないようにしたいと思っています。小山市の文化財であり、栃木県の伝統工芸でもあります。こういう大事なものを私が勝手に失くしたりしたくないので、しっかり守っていきたい。いまは後継者がいませんが、しぼりの技法を残していきたいという人が出てきたときに、いつでも伝えられるようにしていきたいと考えています。小学生にしぼりの技法を伝える活動もしています。大人になったとき、その体験が記憶に残っていれば、復元したいという人も出てくるかもしれない。そうなれば私がいなくても、下野しぼりの技法は残り続けます。